「ゆめのなか」
BY 月香 |
-3- 「陸夫、ちょっと来なさい」 仕事から帰った父親に呼ばれ、ボクはリビングのソファに腰掛けた。 もう夜の11時を過ぎ、寝ようかと思っていた頃だった。 「……なあに?お父さん」 こんな風に、父親に呼ばれるのは初めてのことだった。父は、いつも仕事で帰ってくるのが遅く、病院に付き添ってくれるのはたいてい、母親だったから。 「お前……、何か、相談出来ないような心配ごとがあるのか?」 突然そんなことを聞かれて、ボクは口ごもった。 「えーっと」 心配ごとは、無いわけがない。 ボクの記憶はまだ戻らず、──正直に言うと目の前の人が、ボクの父親だって説明して貰った今も本当にそうなのか分からないのだから。 「まだ、記憶は戻らないんだろ?」 その通りだったので、ボクは頷いた。やっぱり、お父さんはボクの記憶のことを気にしているのだ。いまだ、よそよそしいボクの態度に不安を持っているのだろう。 「気にするな」 はっきりした口調でそう言われて、はっとしてボクは顔を上げた。 「え?」 「気にしなくていい。記憶だってな、無理に戻らなくていいんだ」 今までの父親の言葉は、どちらかというと、早く記憶が戻って欲しい、本来のボクに戻って欲しいとボクをせっつく方だったが、今日はどうやら違うらしい。 「……突然、どうした……の?」 つい『どうしたんですか』と敬語を使いそうになりながら、ボクは恐る恐る尋ねる。そんなボクと同じように、父親も、少し言いにくそうにしていた。 目を逸らしながら、父親が答えた内容に、ボクは自分の迂闊さを知った。 「む……パソコンのな、ネットの履歴が……」 「あ、ああ!」 そうか、ボクが検索したサイトの履歴を見たんだ。 宗教系や、悩み相談系、オカルト・妖怪系ばかりをいくつも見ていることがわかったら、そりゃあ気になるよね。 ボクははっきりと父親に告げた。 「えっと、ボク、変な宗教とかには走らないから」 「そ、そうか」 断言したボクの顔を見て、父親の顔はほっとしたように力が抜けていた。 今度から、パソコンを借りた時は履歴を削除して、差し障りの無い頁を見たことにしようと決めた。 「その……心配かけて、ごめんなさい……」 でも、ボクのことを心配してくれていたことが、ちょっと嬉しい。 「いや、いいんだ。何か、人には言えない、悩みがあるのだと思ってな」 「今は言えないけど……そのうち言うよ」 夢の中に、同じ人物が繰り返し出てくるという話は、最初のうちは何度かしたが、──それがいまだ続いていることを、ボクは家族に言えないでいた。 ○○○ 「あの……初めまして、藤沢といいます」 「き、君が……藤沢リクオ君だね。ぼ、ボクは清継。『妖怪脳』の管理人さ!」 清継と名乗ったのは、意外にもボクと同じ年齢の少年だった。しかし、学年は違う。 ボクは事故のため入院していたので、学年が一年遅れてしまっていたのだ。一応、ボクは彼の一学年下に当たることが分かったので、会話はなんとなく敬語になってしまった。 待ち合わせのファストフード店には、学校帰りらしい中高生が大勢いて、そんな中に紛れることが出来てなんだかホッとしていた。 清継は手元にPCタブレットを持っていて、ボクと会話しながらも一生懸命操作している。いつでもどこでもサイトの内容が確認できるよう、常に持ち歩いているのだと言った。 だから、ボクがメールをして、すぐに返信が来たのかと感心してしまう。 父親のパソコンを使うと、色々チェックされてしまうので、ボクはサイト『妖怪脳』の連絡先のメアドをメモし、自分が持たされている携帯電話から連絡をとったのだった。流石に、携帯電話の内容まではチェックされはしなかった。 ボクは、さっきまでは、一体どんな人物が現れるのだろうかと心配で、ちょっと緊張していたのだが、同い年の少年だと分かり安心していた。 しかしそれとは逆に清継は緊張しているのか、きょろきょろと辺りを見渡したりして落ち着きがない。 ボクは数日前、『妖怪脳』の妖怪紹介の文章が気になって、管理人宛に直接メールを送った。 夢の中に、妖怪脳の『鴆』と良く似た人物(?)が、夜な夜な現れることを伝えると、向こうからの返事は、興味深 い現象なので、是非にも直接会って話しをしたいとのことだった。 幸いにも東京都内に在住ということで、休日の今日、こうして会うことになったのだった。 ボクが遭遇した事故の後遺症は、ほとんど無く、記憶をなくしていても、優しい家族と同級生達がいるおかげで、日常生活もなんとかおくれている。だから、この妙な夢のことさえ解決すれば、もっと安心して生活出来る筈なのだ。 そしてボクは、清継が住んでいる町の近くまでやってきたのだった。 ボクは手元のアイスコーヒーを一気にストローで飲み干し、最大の疑問を管理人にぶつける。 「あ、あの……サイトに書いてある妖怪『鴆』の記述って、他のサイトには書いてないようなこと、たくさん書いてますよね」 「ウチのサイトは、日本一。いや、世界一のサイトさ!」 「凄いですね。で、その……清継君の書く妖怪って、何をモデルにして書いているんですか?」 ボクが知りたかったのは、そこだ。何故、ボクの夢の中の人物と共通している記述があるのか。 他にも気がついたことがあった。彼のサイトの妖怪達は、『鴆』以外でも、まるで見てきたような詳細で独特な記述の多さなのだ。 清継は誇らしげにこう言った。 「そりゃぁ、もちろん『本物』だよ」 本物って、本物の古文書とか絵巻物とか、そういうもののことだろうか? 「……はぁ。で、例の妖怪のことなんですが……」 「キミ!」 「はい?」 「すまないが……、今日これから、時間はあるかい?」 何か、難しいことになるのだろうか?と言っても向こうも同じ中学生だ。極端に遅い時間になることはないだろう。 「あ、ええ。ちょっと遅くなるって、家族には言ってきたので」 「ぜひ、一緒に来てもらいたいところがあるんだ」 突然、清継にぎゅっと手を握りしめられて、ボクはスキンシップ過多な清継の行動に正直、引いていた。 けれど、今日こんな所までやってきた目的を果たすためにと、ごくりと唾を飲み込む。 「……それは、『鴆』と関係ありますか?」 「あるとも!」 即答した清継に、ボクは覚悟を決めた。 「……分かりました、行きます」 「帰りは心配しなくて大丈夫さ。ボクの家のリムジンで送ってあげるよ」 リムジン?なんだそれはとボクが戸惑っているうちに、清継はさっさとテーブルの上のトレイを片付け、店を出ようとしている。 初対面の相手に、のこのこ付いて行くのは、あまり褒められた行動ではないけれど、今日は非常事態なんだとボクは清継の後を追った。 清継に案内されて、近くの駐車場らしき所へ連れていかれると、言ったとおりの黒いリムジンが止まっていた。もちろん運転手付きだ。 ボクは清継に促されて、中へ乗り込んだ。 「あの……お金持ちなんですね」 率直な感想を述べると、清継は気にした風も無く、あっさりと答えてくれる。 「ああ、みんな祖父や父のものさ」 「ぞれに、妖怪にすごく詳しいんですね」 ボクにとっては、こっちが本題だ。 「そうさ!ボクほど妖怪を愛している人間はいないね!」 「他のサイトも見たんだけど……妖怪脳が一番詳しいような……」 待ってましたとばかりに、清継は目をキラキラさせて食いつかんばかりにボクに迫ってきた。 「フフフ……ボクはなんと、本物を見たことがあるんだからね!」 誇らしげにそんな大言を吐く清継に、ボクはだんだん胡散臭さを感じ始めていた。 そういやちょうど、文字通りの『中二病』の時期だな。大丈夫かな、この人……。 ボクがそんな風に心配しながら、大人しく車に乗っていると、リムジンは都内をしばらく走り続け、だんだんと都心から離れた内陸部の方へと向かっているようだった。 そんな、外の風景に気がつき始めた頃、清継は運転中に指示を出した。 「よし、日も暮れるし、いいだろう。奴良家へやってくれ」 ということは、今まで小一時間ほど走り回っていたのは、ただの時間稼ぎだったのか?この、どきどきした1時間をどうしてくれるんだと、ボクは清継を睨んでしまったが、本人は全く気にしていないようだった。 黄昏時に到着したのは、大きな日本風のお屋敷の門の前だった。かなり古い建物のようだ。 車から降りるよう促され、ボクはその門の前に立った。清継が、手をさっと振り上げた。 「さ、入りたまえ!」 「え?ここって清継さんのお屋敷なんですか?」 何か見せたいものでもあって、自分の家に呼んだのだろうかと思えばそうでは無いという。 「いや、違う」 「勝手に入ったら……」 「大丈夫さ!ここは、ボクのマイファミリーの家だからね」 なら、親戚か何かなのだろうか。ボクがそう思って聞き返す。 「家族ですか?」 「いや、友人さ」 友人のことを『マイファミリー』だなんて大層な言葉で言うということは、よほど親しい家なのだろうか。 「へぇ……」 ボクは、清継に手招きされて、門をくぐった。 中も純和風の造りになっていて、今すぐ妖怪が現れてもおかしくない家だなと思った。 しかし良く見ると、あちこちが修理がされているようで、新しい木の匂いが鼻についた。 中に入ると、お屋敷の家の人が出迎えてくれた。 出てきたのは二人。髪の長いグラマラスな美女と、黒髪の美少女だった。二人とも着物を着ているが、美女は派手な花柄の着物、美少女は真っ白な着物をきっちりと身につけており、対照的だなと思った。 「……まぁ!おほほほ、ようこそどうぞ……」 「リ!……いえ、だめよ──、つらら、我慢しなきゃ。……こちらへ」 清継は、どうもどうもと言いながら、さっさと靴を脱いで家の中へと入っていった。 ボクも彼の後を追うように、意を決して屋敷の中へと進んだ。 (続) |
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