携帯のはなし

                          BY 月香
●前編●


「よお、リクオは居るかい?」
「あれ?鴆様?」
 首無は、突然本家を訪れた薬師一派の組長の姿に驚いていた。
「ちょっと近くまで来たもんだからよ。その、リ……三代目に挨拶をと思って」
 リクオが奴良組の三代目総大将を襲名してから一ヶ月以上経つが、鴆は未だリクオを呼ぶ時、つい名前を呼んでしまう癖を直せないでいた。
 リクオは気にするなとは言ったが、鴆にも下僕として、薬師一派の組長としての立場とけじめがある。せめて、他の者が居る時だけでもリクオのことを『三代目』『総大将』と呼ぼうと決めていたのだ。
 鴆が今日、連絡も無くいきなり本家を訪れたことには、大して目的は無い。化け猫横町まで往診に来ていて近くまで寄ったついでに、ただ、自分の義兄弟で情人でもあるリクオの顔を一目見て帰ろうと思いついただけだった。
 そしていつも突然薬鴆堂へふらりとやってきて、鴆を驚かすリクオを逆に驚かせてやろうとも考えていた。
 そんな鴆のささやかな期待は、すぐに裏切られることになった。
「ええ?……もしかして……」
 少し慌てた様子の首無を、鴆はいぶかしげに見る。
「どうした?」
 鴆の問いかけに、困った顔の頭をふわふわと浮かせて、首無は申し訳無さそうに言った。
「三代目は先ほど、薬鴆堂へ行くと言って出かけられましたけど……」
 リクオが夜の散歩がてら鴆の住まう屋敷へ向かうのはよくあることで、主人と義兄弟の本当の関係を知っている本家の者達は、邪魔をしてはいけないと思い、今日も共はあえて付けなかった。
「まさか、行き違いになったのでは?」
「行き違いならまだしも、途中で何か事件でもあれば大変ですわ!」
 はっとした毛倡妓の言葉に、鴆はその通りだと頷く。
「分かった!すぐに薬鴆堂に帰る!」
 走りだそうとした鴆を首無が止めた。そしてぱっと、自分の懐から携帯電話を取り出してみせた。
「いえ、鴆様!その前に電話してみたらいかがでしょう」
 奴良組の主立った者達は、非常時の連絡用に携帯電話を持っている。もちろんリクオも今日、持っていったはずだ。
「よし、電話だな!」
 鴆は首無の差し出したものは丁重に断り、左袖の中に手を突っ込み、ごそごそと探ると自分の携帯電話を取り出した。
 二つ折りのそれをパチンと開くと、睨み付けるように携帯のボタンの羅列を見つめた。
「……たしか、このボタンを……」
 たどたどしい手つきで携帯を弄る鴆に、毛倡妓が助け船を出す。
「代わりにお電話しましょうか?」
「いや!この間、ウチの番頭からちゃんと簡単にかけられる方法を聞いたんだ。リクオは、この1番のボタンを押して……で、こっちの……」
 首無は、鴆の操作がゆっくりではあるが、間違っていないことを横から覗きこんで確認した。そして、数歩後ろへ下がる。
「……リクオ様が、奴良組で契約してる携帯の他にもう一つ準備して欲しいって言ってたのは、鴆様にお渡しするためだったんだな」
 声を潜めた首無が毛倡妓に話しかけ、毛倡妓がコクコクと頷いた。自分達が普段使っている携帯は定期的に買い換えていることもあって、見た目もスタイリッシュで多機能な最新式だ。
 機械全般に弱い鴆には、分かりやすいワンタッチダイヤル式の物でも、使いこなすのが難しそうだった。
「よし!かかったぞ!」
 達成感で表情を緩めた鴆だったが、十数回の呼び出し音が鳴るうちに、みるみる不安で曇っていった。
「………………出ねえな。まさか、本当に何か事件に巻き込まれたんじゃ……」
 京妖怪との戦いを終えた後、更に奴良組に敵対する大きな勢力が判明した。奴良組のシマの中とはいえ、常に用心が必要な昨今、三代目総大将はいつ狙われてもおかしくない存在なのだ。
 だがリクオの性格を考えると、襲われるというよりも、何かの問題に自分から首を突っ込んでしまったとも想像できる。
「蛇如呂!お前、帰っていたのか!?」
 いつも、リクオが夜の散歩に使っている蛇型妖怪がフラフラと本家の上空を漂っているのを見つけた首無が、頭を蛇如呂の側まで浮き上げる。
 ぼそぼそと話す内容を聞き取ると、地上へ戻ってきた首無は渋い表情で鴆に報告をした。
「……鴆様、三代目は鴆様のシマで降りられて、──後は歩いて行くと言って蛇如呂だけ先に帰したそうです」
「じゃあ、やっぱりウチに行ったのか」
 少し安心し始めた鴆に、後ろから否定的な答えが告げられた。 
「今し方、薬鴆堂にも電話してみたが、番頭殿が言うには、今日はまだ見えていないそうだ」
 いつの間にか黒田坊が後ろから現れ、すでに確認をしていたらしい電話の結果を伝えたのだった。
「やっぱり、今すぐ薬鴆堂に帰るぜ!朧車を出してくれ!」
 我慢出来なくなった鴆が叫ぶと、首無がバタバタと走り出した。 
「はい!ただ今!」
 鴆は不安と苛立ちを隠せず、ブツブツと呟く。
「……もしかしたら、もう薬鴆堂に来てるかもしれねえ。アイツ、自分の姿を畏れで消して、こっそりオレの部屋に居ることがあるんだ」
 そう、側に居る毛倡妓に説明しながらも、鴆はまるで自分に言い聞かせているようだった。
 三代目の一大事だと文字通り飛んで来た鴉天狗は、大声で号令を出した。
「手の空いている者は皆、リクオ様の居所を探せ!息子どもは空から薬鴆堂までの道のりを、大至急捜索じゃ!」


(つづく)

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(20110902)
「リクオと鴆の真ん中バースディ記念」
  「○○のはなし」と続いてる雰囲気。
ちなみに今日、ネタを思いついた(笑)

※「蛇如呂」はリクオの散歩用妖怪「蛇ニョロ」を
漢字変換したら、面白い感じになったので、
そのまま使いました。