「ゆめのなか」
BY 月香 |
-2- 学校でも、ボクは自分の席でぼんやりと物思いにふけっていた。 頭に浮かぶのは、夢のことばかりだ。これはマジで、心霊現象なのかな。──何かに取りつかれているとしか思えない。 ボクは、背筋が冷えるのを感じた。 こういうの、漫画か何かだと、前世とか運命の相手だったりするんだよな、と思いついて慌ててブルブルと頭を振った。 いやいや、ボクはホモじゃないし。と、自分にツッコミを入れてみる。 いくらキレイな男でも、裸を見て喜ぶ趣味は無い。 さて、あれが例えば悪霊か何かだとして、お祓いするには一体どうしたらいいだろうか。 着物を着ているってことはきっと和風の魔物だから、神社に行ってお祓いをするとか、霊能力者を呼ぶとか……?お金がかかりそうだな。 ボクは、ふうとため息をつく。 事故にあってから同じ夢を見ている、という話は、家族や医者には嘘をついて、もう大丈夫だと言ってしまったから、もしもお祓いに費用がかかるなら自分でなんとかしなくてはいけない……。 「ねえ、藤沢君?」 「──え?何?」 よし、今回はちゃんと返事できたぞ。 ボクは、ボクを呼んだ同級生の方を振り向いた。 かわいらしい女の子が、少しためらいがちにボクに語りかけてくる。 どうせなら、こういう女の子が夢に出てくればいいのに、なんて思いながら女子生徒の話を促した。 「何か用?」 「次の授業の準備なんだけど……」 「ああ、プリント準備しておけってやつね」 そういえば、社会の先生が用意しておけって言ってたっけ。10枚以上ある資料プリントを、クラスの人数分に分けてまとめるのは大変そうだ。その役目は日直の仕事だったが、もう一人いる筈の男子の日直の姿は無い。 「じゃあ、ボクも手伝うよ」 ごく自然にボクの口からそんな台詞が出た。 「そう?ありがとう!──この間も手伝ってもらったよね」 そんな風に言われて、そうだったかなと思い返す。たしか、職員室まで資料を取りに行ったんだっっけ。 「いいよ、ボクそういうの嫌いじゃないみたいだし」 きっと昔からそんな風だったんだ。ボクは特に疑問も持たずに座席から立ち上がった。開いている先生用の広い机の上にプリントを広げて、授業の準備をした。 そんなボクを女子生徒は、珍しそうな、感心しているような表情で見つめている。 「ふうん、他の男子って、面倒くさがって何もしないじゃない」 「そうだっけ」 「そうよ。陸夫君は、いつも手伝ってくれて助かるなぁ」 にこっと笑う女子生徒に、ボクも笑い返した。 「おおい、藤沢」 「なに?」 「ゴミ捨てに付き合ってくれねぇか」 今日はよく物を頼まれる日だなと思いつつも、ボクはいいよと頷いた。 授業は全て終わっていて、あとは掃除当番だけが教室に残っていた。他の生徒は、もう帰ったか部活に向かったかで、人はほとんどいない。 掃除もあらかた終わって、ゴミを捨ててくれば終わりだ。 ボクはゴミ箱を持ったが、そんなに重くはない。ウチの教室が担当している廊下のゴミ箱も合わせても、たいした重さじゃない。両手に持っても大丈夫そうだ。 「あ、そんなに重く無いね。だったら、ボク一人でもってくよ」 ごく自然にそんなことが口をついて出てしまったが、特に嫌な気もしなかったので、ボクは同級生の手からゴミ箱を受け取った。 というか、中身を一緒にしちゃえば、ゴミ箱一つで済むんじゃないかな。そんなことを考えながらゴミ箱の中身を覗いていると、同級生が少しためらいがちに話しかけてきた。 「いや……その、お前」 「え?」 「この間まで事故で入院してたんだろ?」 「うん」 ボクが事故で一年ほど入院していて、おまけに記憶喪失になったことは、転校初日に皆に話してある。 「大丈夫かよ」 重くはないけれど、ボクに荷物を持たせることをためらっているのだろうか。 やっぱり皆、気にしてるんだな。ボクは少し申し訳なく思う。 「もう体の方は、平気なんだ。まあ、ずっと寝てたから、ちょっと動きは鈍いと思うけど」 一年間も寝たきりだった割に、体は良く動いた。病院のリハビリの先生も驚く程だそうだ。 そう答えると同級生はホッとしたような顔でボクに向かってきた。 「そうか……だったら」 「え?」 「サッカー部に入らないか?」 唐突な部活勧誘に、ボクは一瞬固まった。そういえば、退院して間もないということで、まだボクは所属する部活を決めていなかった。 「……ボク、知ってると思うけど、一応まだリハビリ中で、……その、記憶喪失で」 「え?記憶喪失って、サッカーのことも忘れてんのか?」 びっくりした顔でそう聞かれたが、そういえばそうでもない。ボクが失った記憶は主に『思い出』で、日常の生活や常識に関することは、忘れていなかったのだ。 「いや、ルールとかは分かるよ」 「よし!じゃあ大丈夫だな!サッカー部に入ろう!」 同級生は、がしっとボクの両肩を掴んだ。何事かと思えば、熱烈な部活勧誘だった。そんなにサッカー部って人が少ないのかな。 「いいか、藤沢。部活はいいぞ!もちろん、体の調子を見ながらでいい。サッカーは流行りだ。 女子にもモテる。オレらと一緒に、新しい思い出を作ろうじゃないか!」 ──新しい思い出か……。ボクは、そう言われて無意識に、自分の中の『思い出』を探っていた。 ボクの一番古い思い出は、病院のベッドの上だ。 目を開けると、真っ白な病院の天井だった。その所為なのかボクいまだ、病院が一番落ち着くのだ。あの真っ白な世界、そして消毒薬の匂い。ボクの周りでせわしなく動く医者や看護婦。痛い注射や苦い薬だって、そんなに嫌じゃない。だって、あれがボクが得た、初めての思い出だったから。 「ちょっと待ったー!」 少しだけ感傷に浸っていたボクに、同じ掃除当番の同級生が駆け寄ってきた。 「抜け駆けはずるいぞ!だったら、野球部に!青春の汗を流そうぜ!」 「おいおい、藤沢を部活に勧誘するのは、もうちょっと経ってからにしろって先生に言われてたろ。っていうか、是非ウチのバレー部に……」 なんだ、みんなしていつ言おうかタイミングを見計らっていたのか。ボクは、なんだかおかしくなってしまった。 「えーっと」 「「「考えといてくれよな!」」」 「う、うん」 一度に3つの部活に誘われ、ボクは勢いで頷くしかなかった。 家に帰ると、母親が夕食の用意をしていた。 「ボクねぇ、今日、部活やらないかって誘われたんだ」 「へぇ、良かったじゃない」 キッチンに向かい、背中越しに母親が答えてくれた。 「……運動部なんだけど、やってもいいかなぁ?」 「いいんじゃないの。お医者様だって、体の方はもうなんとも無いから、序々に動かしなさいって言ってたし。でも、無理は駄目よ。ゆっくり始めればいいわ」 思いの外すんなりとお許しが出て、ボクはほっとしていた。なんだか、体を動かしたい気分だったのだ。 そしてボクは母親に尋ねてみた。失った思い出は、他の人から聞くしかない。 「……ボクって、昔は何か、運動してた?」 「小学校の時は、サッカー部だったわよ」 「サッカー……」 そうか、今日サッカー部に誘われた時に、すんなりイメージしやすかったのは、元々ボクがやっていたスポーツだったからなのか。 「いつも補欠だったけどね」 「……あはは」 じゃあせっかく部活に勧誘してもらっても、戦力にならないかもしれないなぁ。 ボクはテレビが見える食卓の椅子に座りながら、なんとなく学校での女生徒との出来事を思い出して、もうひとつ母親に聞いてみた。 「ねえ、お母さん。ボクって、昔はお手伝いとかした?」 突然のボクの質問にも、母親はきちんと答えてくれる。 「え?お手伝いねぇ……小遣い欲しさに色々やってたわね。ふふふ」 「ふうん」 「陸夫はね、良くお使いに行ってくれて、夕ご飯の買い物とか、とても助かったのよ」 「そっか」 「他にも、お風呂掃除とかね。一回洗ったら、100円。そりゃあ一生懸命洗ってたわ。他にもね……」 100円貰って喜ぶなんて、ボクって結構安上がりだったんだな。 そんな話を聞きながら、ボクは自分がスーパーへ買い物に行ったり、お風呂を掃除している姿を浮かべる。 母親は、ボクの記憶が一日でも早く戻るようにと、いろんな昔の話をしてくれる。 何がきっかけで記憶が戻るか分からないからだ。 でも、ボクは自分の記憶が戻らないことに関しては、そんな危機感を感じていない。 そりゃあ、記憶が戻れば色々な違和感が解消されてすっきりするだろうけれど、正直、日常生活にはあまり困っていない。 家族はみんな優しいし、学校の先生もちゃんとボクを気遣ってくれる。 同級生達も普通に接してくれて、とても過ごしやすい。ボクが、思い出を持たない人間だとか、本当は一年上だとかそんなことを気にしない雰囲気が、ボクにとってはありがたいのだ。 ボクの目下の悩みは、そう、例の夢だった。 「例えば、ですよ?」 ボクは、定期検診でいつもの女医に夢の話をしてみた。と言っても、例え話としてだ。 この、いまだに毎晩見てしまう同じ夢のことは、まだ黙っていることにした。 「うん?」 「例えば……、怪我をした後に、夢に同じ相手がずっと出るとか」 「……まだ、あの夢を見るのかい?」 先生が聞き返したのは、意識が戻ってしばらくボクがそういう相談をしていたからだ。 「いいえ!」 ボクは慌てて否定した。 「た、例えばです」 ボクのそんな様子に女医は、何かに気がついたかもしれないけれど、ボクは知らないふりをする。 「……私の愛読書にだな、それと良く似た話がある」 「え?」 「臓器の移植を受けた患者がな、同じ人物の幻を何度も見るようになったんだ。そして、その患者は、その夢の相手に恋をしてしまう」 「こ、恋?って、好きになっちゃったってことですか?」 いや確かに夢の中の彼は綺麗だとは思うけどまさか好きにはならないよボク。 「ああ、イケメンだったんだ。あ、患者は女でな。……けどな、その夢のイケメンってのは、実は、その臓器を提供したドナーを殺した犯人だったんだ!じゃじゃん!」 擬音を口にして、劇的な演出を狙っているだろう女医のことは放っておいて、話の意外な展開に、ボクは息を飲んだ。 殺人犯とは穏やかでない話だ。ボクは、夢の中の彼が、ボクを『どくでやっちまう』と、凄い剣幕で迫ってきていたのを思い出した。あれは、ボクに害をなそうとしている者なのだろうか……。 「その本の中では、移植された臓器が、犯人を捕らえて欲しくて患者に訴えていたのではないか、という話で終わった」 「そんなことがあるんですか?」 「移植した臓器の一部がドナーの記憶や意識を持ち続け、移植先の人物の趣味嗜好まで変えてしまう、という話は現代の医学会でもよく聞くぞ。都市伝説のようなものだがね」 科学的では無い話だったが、世の中不思議なことはまだまだたくさんある。ボクは、あの夢の意味を知りたいと切実に思った。 「読んでみるか?私の愛読書『ブラッ○・ジャッ○』を」 「え?それって……」 女医が教えてくれた本のタイトルは、有名な本だが……漫画だ。ええ?漫画かよ!と思わず口から出そうになったが、ぐっと飲み込んだ。 「……いえ、けっこうです」 漫画の話はおいといて、現在の医学界でもそういう話があるのだということは参考になった。けれど、ボクには当てはまらないだろう。だって。 「って言っても、キミは移植を受けたわけじゃない。せいぜい輸血の血液くらいだけだがね。あはは……」 そうなのだ。ボクは臓器の移植は受けていない。 ということは、そんな関係の無い話を女医はわざわざボクに教えてくれたわけだ。いつも思うけれど、この先生ってどこまで本気なんだろう。 結局何の参考にもならなかったと、ボクはため息を吐いた。 神社に行ってお祓いするにも、霊能力者を呼ぶにしても、──脳ミソがうまく動いていなくて妙な夢を見るにしても、きっと似たようなことを経験した人間は世の中にいる筈だ。女医のお勧め漫画ではなくて。 ボクは、帰りの遅い父親のパソコンを拝借する。ネットで探せば、何か見つかるはずだろうと、ボクは気になっていた検索ワードを打ち込む。 『同じ夢を繰り返し見る』や『翼の生えた人間が夢に』などの文章で検索した。 すると大体、悩み相談や夢占いや、怪しげな新興宗教のサイトばかりが検索に出てくる。むしろ、夢占いがいいのだろうかと考えたが、……裸の男(翼付き)が毎晩夢に出てきます。って、そんなの夢占いの、判断項目に出てくるんだろうか……。 色々とサイトを巡っているうちに、『カラーの夢は正夢』だとか、そんな迷信を見つけてしまった。ボクの夢にはいつも色が付いている。だから、『彼』の翼が緑色に輝いているのが分かったのだ。正夢?あれが?いや、そんな! 嫌な想像をしてしまい、冷や汗をかきながら、どう検索したらいいのか悩んだボクは、適当に文字を入れる。 『ぜん、毒、緑、紫、羽』と思いつくキーワードを並べて入力し、Enterを押した。そんな大まかな言葉じゃ、知りたい内容なんて出てこないだろうと思ったパソコンの画面には、ある記述が現れたのだった。 ……………………………………………………………… 【鴆(ぜん・ちん)】中国の妖怪。 毒を持つ鳥。形は首が長く、大きさは日本のキジ程度。緑の羽には猛毒があり、酒にひたすと人間を何百人も死に至らしめ……。 一般的に日本では「ちん」と言われるが、現代では「ぜん」が正しい。 人型に変化することができる。人型の時の特徴は、背中から胸にかけて毒を持つ証の枝状の文様があり、背には出し入れ自由の毒の翼がある。翼はとても美しく、緑から紫へとグラデーションが……。 ……………………………………………………………… なんだ、これは。ボクが探していたものと奇妙な程、ぴったり合う。 アレは悪魔ではなくて、妖怪なのか。たしかにそっちのほうがしっくりくる。 ボクは興奮して、妖怪『鴆』をネットで片っ端から検索して続けた。 そして、ふとあることに気づく。 マニアックな妖怪やRPGのサイトに、『鴆』の記述はけっこうあった。 しかし、読み方はどこも『ちん』と書いてあって、『ぜん』と読むと説明しているのは最初に見つけたサイトにしかない。それに、人型に変化すると書いてあったり、胸に模様があるとか……そんなことを書いているのは、このサイトだけなのだ。 このサイトの『鴆』だけが、驚くほどにボクの夢と一致している。 これを書いた人が、よほど妄想力が豊かなのだとしても、ボクの夢と同じなのが気になった。 そのサイトの名前は『妖怪脳』。 妖怪系のサイトの中ではマニアックだが、データベース的な情報が多く、一般の人からの書き込み量も多い。そして、妖怪関係の悩み相談や、質問も受け付けしているというサイトだった。 (続く) |
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