「ゆめのなか」
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-1- 最近、毎晩のように妙な夢を見る。 おかげでボクは寝不足だった。 夢には、決まって同じ人物が現れる。 日本人ではないと思う。髪の色は、銀髪。いや、薄い緑か。目は真っ赤。日本人じゃない筈なのに、何故か着物を着ている。 でも、外国人どころか、人間でも無いような気がする。だって、彼の背には、鳥のような大きな羽があるのだ。 色は多分緑色。多分というのは、なんだかきらきら光っていて、銀色に見えたり紫に光ったり、色が光りを受けて変わるのだ。 羽が生えた人間が夢の中に現れたら、普通の人は『天使』を連想するかもしれない。 妙な宗教にハマっている人だったら、神からのお告げを受けたとか、そんな妄想に走ったかもしれない。 でも、あれは少なくとも、天使なんかではない。天啓を授けてくれるようにも、癒やしを与えてくれるようにも見えない。 ならば──悪魔?むしろ、そっちの方がしっくりくる。 夜な夜な夢の中に現れ、凄い形相で睨みつけ、ボクの名前を何度も呼ぶのだ。 行ってはいけない。きっと、向こうは悪魔の住まう地獄なのだ。 「──クオ!」 呼ぶな、ボクの名前を。頼むから。 「──こら!陸夫、居眠りとはいい度胸だ!」 「……ふぇ?」 「お、き、ろ!」 「──なんだ、先生か……」 「なんだじゃないぞ。こんなに堂々と授業中に居眠りをする奴も珍しい」 周りのクラスメイトがこっちを見て、くすくすと笑っている。 眼鏡をかけたまま突っ伏してしまったので、顔が痛い。きっと、変なところに跡がついているだろう。 ボクは、毎晩のように妙な夢を見ているせいか、眠りが浅くて日中でも眠くてしょうがないのだ。 けれど、そんな話をしてもきっとみんなおかしな奴だと言うに決まっている。 それよりも、ボクにはもっと立派な理由があるのだ。 「……えーっと、事故の後遺症で、眠いんですよ。きっと。あはは……」 そう言うと、先生もそれ以上強く言えなくなってしまった。 と言うのも、ボクは一年前、事故にあった。……らしい。 らしい、というのはその時のことを覚えていないからだ。 そして、ずっと意識を失っていて一ヶ月前にようやく目を覚ましたのだ。という。 はっきりと説明できないのは仕方ない。 だって、何も覚えていないから。 事故のことだけじゃない。ボクは自分の名前も家族の顔も、昔の出来事を全て忘れていた。いわゆる記憶喪失ってやつだそうだ。 とりあえず、自分の名前が陸夫だということは分かった。 家族も、多分、ボクの家族なんだろうと思う。父、母、祖父、祖母。兄弟は、いない。 うっかり、自分には男の兄弟が居たんじゃないの?と母親に聞いた時、心配そうな顔で何度も兄弟は居ないと説明されて、ボクはそれ以上、妙な違和感については何も聞かないことにした。 学校は転校した。らしい。 ボクの治療のために、家族で田舎から東京へ引っ越してきていて、父もこちらで仕事に就いたため、これからしばらくは東京に住む予定なのだという。 だから、ボクのことを陸夫だと説明してくれたのは、家族だけだった。 ボクは本当に陸夫なのだろうか? それすら、はっきりしない。 「──藤沢君」 母親は、家族で撮ったという写真をたくさんボクに見せてくれた。その写真の中の少年は、ボクが毎朝のように鏡の 中で見る顔と同じだった。 「ねぇ、藤沢君ってば!」 見元で叫ばれて、ボクはようやく自分が呼ばれていることに気づいた。 そうだここはまだ学校だ。ボクは放課後、自分の席に座ってぼんやりとしていたのだ。 「あ、ボクか……」 ボクの名前を連呼していたのは、学級委員もしている女子生徒だった。 「そうだよ、藤沢陸夫君!……記憶喪失って、そんなことも忘れちゃうんだね」 女子生徒はクスクスと笑う。 ボクは、未だに自分の名前がしっくりこないのだ。特に、名字の方だ。違う名字だったんじゃないかと、今でも違和感に悩まされているのだった。 ボクは定期的に病院に通っている。 怪我の方はもうすっかり良くなっているのだが、記憶喪失ということもあって、精神カウンセリングも受けているのだ。 「どう?気分が悪くなったりとかしない?」 担当の女医が椅子に座ったまま、くるりとボクへと振り返る。 いつも通りのことを聞かれ、ボクはいつも通りに先生に答えた。 「大丈夫です」 そう、体はもう平気だ。 事故の怪我はかなりひどかったそうだ。車にはねられ、右半身を強く打ち付けたのだと聞いた。 外傷はもうほとんど無いが、右側頭部を強く打ち、意識不明の状態がずっと続いたのだという。 「前に言ってた、妙な夢ってまだ見る?」 「……いいえ、もう見なくなりました」 嘘だ。 今でも、毎晩同じ夢を見る。いや、同じではない。 同じ夢の繰り返しではなく、毎日少しずつ違っているのだ。 最初は気づかなかったが、夢の向こうの人物はボクの名前を呼ぶ以外にも、何かこちらへ語りかけているようだった。 強い口調でボクの名前を何度も呼ぶ。 たまに、泣きそうな顔で呼んでいたりして、ちょっと心が痛くなる。 そんなに呼ばれても、夢の中のボクには何も出来ないのに。 女医に、夢をまだ見ていることを黙っていたのは、家族に心配かけたくないのと、これ以上の先生の診察が煩わしいからだ。 けど、もっと、言えない理由がある。 『りくお!おれだ、ぜんだ。めをさましてくれ!』 ああ、この男の名前は『ぜん』と言うのか。何度目かの夢で、相手の名前が分かった。 『ちくしょう!おれのどくでやっちまうぞ!』 更に何度目かの夢で、そんな脅しを言うようになった。 どくでやっちまう。毒?なんて、ぶっそうな! 『めをさましてくれよぉ』 そんな泣きそうな顔で、目を覚ませって言われても困る。──もう少し、ゆっくり眠らせて欲しいんだけどな。と、伝わる筈のない願いを漠然と夢の中で考えていると、目の前に肌色が迫ってきた。 色白の、透き通ったという表現がよく似合う、綺麗な肌色だった。が、胸には妙な黒い紐状の模様が何本も這っていて、それが白い肌に映えて綺麗だなと思った。背中には、緑の翼が広がっていて。──え?肌色?胸? 気づくと、その男は一糸まとわぬ姿で、ボクの方へと迫ってきていたのだ。 『りくお……』 何、これ。夢の筈なのに、これってボクの、どういう願望なの!? 男の裸が見たいとか、何かしたいとか、そんなこと考えたこともない。 たしかに、男の翼は綺麗だなと思ったから、もっと良く見たいとか、そんなことは考えたことがあったけれど。 悩ましげな表情で迫ってくる人物に、ボクは、早く目を覚まさなければと、必死に自分に訴えかける。 うわうわ、それ以上寄らないで! 目に涙をためて迫ってきても、ボクにはそんな趣味無いんだからね! 『めをさましてくれ!』 ボクは、自分のベッドの上で目を覚ました。 「陸夫ー?朝よー」 母親の、ボクを呼ぶ声が聞こえ、息を大きく吐いた。 (続く) |
HOME NEXT (20130207) 続きます。3話程度を予定。 ちょっと妙な話が書きたかったの。 |