Valentine--side/S
家へ帰ると、郵便受けの中は小さな箱らしきもので一杯だった。その量をため息を付きながら眺め、家の中へと入ると電話の留守電ランプがチカチカと点滅している。 ボタンを押すと、隣の阿笠博士の声が入っていた。 『新一君、いつものチョコを預かっておるよ。後で取りに来てくれんかのう』 そうだ、今日はバレンタインで、このあふれんばかりの郵便物はチョコレートの山。 留守電のメッセージを聞き、オレはまず郵便受けの中を確認する。案の定、何枚もの宅配便の不在通知票が入っていた。さらにチョコはあるのだ。 重い腰を上げて博士の家へと荷物を取りに行くと、待っていたのは博士ではなく灰原哀だった。 「……はい、コレ」 「ん?何だよ」 「博士に頼んでおいたんでしょう?金属探知器よ」 そう言われてオレは思い出した。 確か、一月程前にオレが作ってくれるよう頼んでいたのだった。 オレが去年もらったチョコの中に、カッターの刃が入っているのもあったからだ。それに、爆発物なんかが仕込まれている可能性もある。 オレのように探偵なんてやっていると、この手の嫌がらせは日常茶飯事だった。 本来ならば女の子たちのありがたい気持ちが詰まっているはずのチョコだったが、そう見せかけて、爆発物や到底食べられないもの、毒などが入っている可能性はある。 オレは、さっき阿笠博士が渡してくれた金属探知機を一つ一つに当て、爆発物などが入っていないか確かめる。ラッピングしたままの状態では、中に入っているのが本当に爆発物なのか、ただの時計なのか判別することはできなかったが、それは仕方がない。 オレは今まで、差出人がはっきりしているチョコにしか手を付けなかったので、そんな被害にあったことはなかった。 去年までは、郵送で一方的に送られて来たものや、不信物はすぐさま警察行きで処分していたのだが、今年はちょっと思う所があったのだ。 もしかして、本当にもしかして、万が一にも、意中の相手からチョコが届いていないだろうかと。 オレは一つ一つの差出人を確かめる。 無かった。 そりゃそうだと、オレは自分を慰めた。 なにしろ、相手は男なのだから。 それに、好きとかそういうことを言われたわけでもない。ただ、なんとなくアイツもオレのこと好きだよな、という程度の考えだった。 きっと、オレのことを好きならば、イベントにかこつけて告白してくるんじゃないかと思っていた。アイツはそういうのが好きそうだから。 まあ、すべてがうまくいくわけではないので、多くは望んではいけないのだろう。 こんなことだったら、オレの方からチョコでも送ってやればよかった。 ちょっとがっかりしながら、オレは差出人不明のチョコを箱に詰めていく。時限爆弾の類がないことは確認済みなので、玄関脇に放置しておくことにした。 再び箱のなかへと入れていくと、ふと目を引く郵便物があった。 この筆跡は……、それにこの郵便の消印は……。まさか。 それは、オレの意中の人の住む場所の消印であり、オレは彼の筆跡は熟知していた。 間違いない、これは彼がオレにくれたバレンタインのチョコだ。 「は、ははは……」 笑いがこみ上げてきて、堪らない。 「全く、無記名で送ってきやがって、しょうがないやつだな……」 恥ずかしがりやの彼のことだ。告白するつもりはなくとも、チョコをオレに渡したかったのだろう。 「あぶねーな、もうちょっとで捨てちまうとこだった」 彼がこれをオレにくれたという事実が、こんなにも嬉しい。宛名の字すら、見ているだけで幸せにしてくれる。 そのチョコを開けようとして思い留まる。 もし、これが本当は彼からのものではなかったら? そんな、暗い考えに陥った。 これが彼のものだという確信はある。いっそのこと警察に持ち込んで、証拠品を装って指紋を調べてもらおうか。いや、隣の科学者に頼めば、きっと指紋検出の粉くらいどうにかしてくれるだろう。 では、あとは彼の指紋が残っていそうなものを、オレの家から探せばいいはずだ。 いつも服部がウチへ来た時に使っている部屋へと向かおうとすると、オレのポケットから聞き慣れたメロディが流れてきた。携帯の音だった。この、一大事になんだろうと携帯を取り出すと、その画面にはオレの愛しい人の名前が現れていた。 服部平次、と。 「……もしもし」 オレは驚きで震える手をなんとか抑えながら、服部からの電話を受けた。 『あんな、オレ、今、東京やねんけど、今夜、工藤んちに泊めてくれへん?』 こいつが突然東京へやって来ては、オレの家に泊まっていくのはいつものことだった。内心とても楽しみにしているのだが、オレはいつもの調子でつい憎まれ口を叩いてしまった。 「お前なぁ、来る時はもっと早く言えって言ってあるだろ?」 『はは、すまんなぁ。急に用事できてしもたんや。……もしかして、工藤、今日アカンかった?そりゃ、そうやろなぁ、今日、バレンタインやもんなぁ。デートとか、予定あるんやろ。……すまんな、急に来てもうて。ほな……』 不機嫌そうなオレの声に、服部は済まなさそうに電話を切ろうとする。オレは慌ててそれを引き留めた。 「あ、おいっ!切るなよ、いいよ、来ても。何の用事もねーよ」 『え?ホンマ?良かったわーほな、今から行くで』 嬉しそうな服部の声が聞こえて、オレも胸がドキドキしてきた。 服部がここへ来る。それも、バレンタインに。 期待、しても良いだろうか? オレは手にしていた、服部からのものであろうチョコを見つめた。 服部がコレをくれたのか、確かめることができるかもしれない。 オレはそのチョコの包みを開封せず、処分するチョコの箱の上の方に置いた。そして、最初の予定通りガムテープで封をする。 きっと、無記名のものは処分するといえば、何らかのリアクションを見せるはずだ。オレはそれに賭けようと思った。 なんだか、悪戯を仕掛けるようで、オレはワクワクしたのだった。 《ende》 |
こんな時期のバレンタインネタ(笑) 新一バージョンです。 平次バーションと合わせて お楽しみくださいませv Go To side/H |