Valentine--side/H

BY 月香
 
 巷では年に一度の大イベントで、チョコレートだプレゼントだと浮かれている真っ最中だったが、どうやら電話の向こうの相手もそのイベントに浮かれているらしい。
 そんな妙に明るいハイテンションな声で「今から行くで♪」と言ったかと思えば、その一時間後にはかの人は工藤邸へと到着していた。
「よお、工藤。来たで」
 色黒の関西人、服部平次は満面の笑顔で、新一の元へとやってきたのだった。
 今日は休みだったっけかと首を傾げる新一を余所に、平次は荷物を玄関へと下ろした。
「お前さぁ、いきなり東京駅から『今から行く』とか言ってくるなよ。もっと早く連絡しろっての。第一、今日は休みじゃねえだろうが」
 今の時間ここへ来たということは、明日は学校へ行くつもりが無いのかと、新一は平次に詰め寄ったが、当の本人は全く気にする様子は無い。
「ウチの学校、今日と明日と入試休みなんや。ええやんか、遊びに来たかて」
 からからと笑う平次に、新一は既に諦めモードに入っていた。
「それよりも、コレ土産や。いくらバレンタインや言うても、チョコ以外のもんも食いたくなるんやないかて思ってな」
 そう言って大きなバックから取り出したのは、むき出しのままの五合瓶だった。中身は明らかに、酒である。
 それでも一応新一が聞いてみたのは、社交辞令のようなものだ。
「何、酒?」
「そお、それとアテ(つまみ)やな」
 コンビニらしきビニル袋には、乾物や缶詰等が詰まっている。
「お前、高校生が飲酒なんていいと思ってんのかよ」
 じと目で睨む新一に笑顔で返すと、パーッと行こうと平次は両手を広げる。
「今更やんか。それに、祝!高校二年生二年目っ!!ちゅうことでな」
「……」
 当然と言ったら当然なのだが、新一は高校を休んでいたため出席日数が足りず留年が決まっていた。
 ついうっかり服部の電話でそのことを言ってしまい、大爆笑されたのはついこの間のことだった。
「まあまあ、貴重な体験やて思えばええやんか。……で、工藤、もろたチョコ、どこにあんねん?まさか、もう全部食うてしもうたわけやないやろ?」
 きょろきょろと首を振り回し、チョコの在処を探す平次に、新一は目線で教えてやる。
「ああ、そこだよ。箱に入ってるだろ」
 新一が見た方向には、丁度一抱えくらいの段ボール箱が二つあった。
 郵送などで送られて来たらしい包みや、ラッピングされた可愛らしい箱が溢れそうだった。いかにも「本命」といった、プレゼント付きの大きな包みもかなり入っている。
「うわ、ぎょうさんあるやんか。ダンボール箱にこんだけ入ってるのを見るんは初めてや。さすが、工藤やな」
 興味深そうにチョコの山を見ている平次を面白そうに眺めていた新一は、ふと疑問を感じて口を開いた。
「お前はもらわないのか?」
「へ?オレは、今までの最高記録は、……十個くらいやな」
 指折り数え、和葉にオカンに婦警はんに、剣道部の後輩に−−と真剣に数える平次に、新一は更に探りを入れてみた。
「お前がそれくらい?もっと、もらってそうだけどな」
 曲がりなりにも、西の名探偵と言われているのであれば、自分のように遠方からも一方的に送られてくるのではないかと思ったのだが。
「オレ、もてへんもん。それに義理ばっかしやで?」
「……気付いてないだけじゃないのか……」
 見た目は悪くない。むしろかなり良い部類に入るだろうし、剣道でかなり強いらしいから、もっと周りからチョコレートをもらっていそうなものだ。
 案外あの幼なじみの遠山和葉が、牽制してくれているのかもしれないと思いつき、新一はこっそりと感謝した。
「ん?こっち、なんでガムテープで封してあるん?」
 平次の視界に入ったのは、玄関の脇に置いてあった一つの段ボール箱だった。
「ああ、それは捨てるんだよ」
 あっさりとそう応えた新一に、平次は我が耳を疑った。
「捨てる!?なんで?折角、もろたチョコやんか」
 平次はうわ、もったいないと眉を寄せたが、新一は肩をすくめて笑う。
「差出人不明なんだよ、それ。オレ、探偵なんかやってるから、結構知らない子からも送られてくるんだけどさ、逆に恨みを持ってるヤツから毒入りチョコとか送られてくることもありそうだろ?実際さぁ、去年は、チョコん中にカッターの刃が入ってるヤツがあったんだぜ」
 すげーだろとまるで自慢するように言った新一に、しなくても良いのに思わず平次は感心してしまった。
「……カッターの刃?そら、すごいわ。パクッと食ったらザク、やな」
 口、怪我したら工藤の滑るような名推理が聞けんようになるな〜などと脳天気に考えた平次は、すぐにあることに気が付いた。
「っちゅうことは、差出人が分からんヤツは、みんな捨ててしまうん?袋、開けたら、名前書いてあるかもしれんやんか!」
 そう叫んで平次はいきなり自分の顔、五センチの所まで攻め寄って来た。驚いて一瞬固まった新一はそれからゆっくりと遠ざかると、
「−−開けたとたん、爆弾がドカン!ってなことになったら、イヤだろ?あとは明らかに偽名とか、嘘の住所のチョコも処分行きだな」
「!?−−そうなんか……」
 平次はがくっと肩を落とした。うなだれて、視線を彷徨わす。
「何?がっかりしたような顔して。もしかして、食いたかったのか?なら、こっち食えよ。クラスメートからもらった義理チョコだけどな」
 新一は一番上にあった、ピンクの水玉の包み紙のチョコを一つ手に取った。それを平次に差し出すが、平次はぶんぶんと首を振ってそれを辞退した。
「あ?いや、食いたいわけでは……」
「ふーん?変なヤツだな。でも、確かに、チョコばっかで飽きてきたとこだったから、折角だからお前が持ってきた酒、飲もうぜ」



 持ってきた酒瓶を空にし、さらに新一が持ってきた父親の酒もあらかた空にしたころ、新一はソファに埋もれて眠ってしまっていた。
 平次は、いくら飲んでも気持ち良く酔えなかった。
 原因は分かっている。チョコ、だ。
 平次は足音を忍ばせて薄暗い廊下を進み玄関へと向かうと、その脇に置かれたままのチョコの入った箱へと手をかけた。
 ガムテープをはがし、中を見る。差出人不明のチョコは、送られて来た時のままの状態で無造作に詰められていた。
 その中から目当てのものを探し出し、平次は一つの包みを取り出した。
 住所と『工藤新一さま』と書かれた包みには、差出人の名前はない。
「……コレも、捨てられてしまうんやなぁ……」
 封を切られることもなく一瞥されただけで、ゴミ箱行きになるのかと思うと、平次は自分が情けなくなった。
 それは、平次が新一へと送ったチョコだったからだ。
 バレンタインに間に合うように、郵便で送ったのだった。
 自分から送ったなどとバレるのが恥ずかしくて、新一の一ファンを装って送ったチョコは、無記名だったがために捨てられようとしている。
 せめて、一口でも食べて欲しかった。いや、たくさんチョコをもらうだろうから、食べてもらえなくても、新一のことが好きなヤツがいるんだなということを、認識してもらえれば良かったのだ。
「捨てられるくらいやったら、食うてしまお……」
 平次は包みを破くと、箱の中から大きなハート型のチョコを取り出した。それを見ると、自分でも恥ずかしくなった。
 わざわざハート型に固めたチョコに、ホワイトチョコのアイシングで『to くどう』などと書いてある。
 この時期のチョコ売り場に、男の自分が行くのはとても恥ずかしかったが、一方的な気持ちだとは思っていても、なんとか受け取って欲しくて、平次は心を無にして買いにいったのだ。
 ばりっと一口かじると、程よい甘さが口に広がる。
「結構、うまいやんか」
 チョコなんて送っても、どうにもならないということなんだなぁと肩を落とし、諦めた平次が残りのチョコに囓り付いた。玄関脇にしゃがみ込んで一人で泣きたくなっていると、後ろから突然声を掛けられた。
「……お前、そんなに、食いたかったのかよ?」
 新一だった。
 明かりも点けず足音を無いまま近づいて来たので平次は全く気づかず、大きなチョコを頬張る間抜け面を見られてしまった。それも、盗み食いだ。
「く、工藤!あっすまん。オレ、勝手に食ってしもて」
 顔を真っ赤にさせた平次が、チョコとその包みを両手に抱えて慌てふためく。
「それに、捨てるつもりの方じゃんか。どうせなら、こっちの食えよ。カッターの刃で口切っても知らねーぜ?毒入ってるかもしんねーし。腹痛くねーか?大丈夫か?」
 思わず新一は平次の頬に手を伸ばした。
「……ひゃっ」
 平次は反射的にその手を振り払ってしまった。が、すぐに新一の不機嫌そうな顔を見て後悔するはめになった。新一は自分のことを気遣ってくれたのだ。それなのに、手を振り払ってしまった。
「か、勝手に食うんに、そっち食うたらアカンかなって思ったんや……すまんな」
 目を逸らし小さな声で言い訳をする平次を見て、新一は口の端を上げて面白そうに笑っていた。もちろん平次に見えないようにだ。 
「ふーん、……『to くどう』?珍しいな、普通『新一』とか、アルファベットじゃねぇ?」
 新一に手元のチョコを覗き込まれ、平次は必死でそれを隠す。
「そ、そやな」
 アカン、やっぱ変やったんや……と顔を青くする平次を、新一は無視してその手の中のチョコを確かめようとする。
「……おい、包み、見せろよ」
「ええやろ、どうせ、捨てるんやし……」
「いいから、見せろよ!」
 無理矢理平次の手から紙の固まりを奪うと、クシャクシャになっていたそれを広げる。
「工藤……」
 泣きそうな顔をしている平次に、新一は追い打ちをかけた。
「――ふーん、消印、『寝屋川』ねぇ……」
 しまった!と気づいた時には後の祭りだった。平次はうかつにも、近所の郵便局から送ってしまったのだ。それくらいのことにどうして気づかなかったんだ、と心の中で叫んで平次は自分を責めた。
「へ、へぇー偶然やなぁ。オレんちの近くやんか」
 なるべく平静を装おうとしている平次に横目で視線を送りながら、新一はさらに包み紙の宛名を舐めるように見つめる。
「それに、この宛名の筆跡……」
 それと平次の顔を交互に見つめると、新一はニヤリと笑った。
「な、なんや?オレの顔になんか、付いとるん?」
 明らかに挙動不審な平次を、新一は面白そうに眺めていた
「コレってさぁ、もしかして……」
 ギク!と言う音が聞こえそうな程、平次は肩をびくつかせた。
「お前がくれたの?」
「あっ、アホォ!そんなんあるわけないやろ!」
 間髪入れずに即答され、新一は密かに舌打ちをする。本当はもっと違う言葉を期待していたのだ。
「ああ、でも美味そうだよな。どれ……うん、美味い」
 平次が囓ったその跡を、新一も囓り付いた。
 工藤がオレのチョコ食っとる……と、平次は呆けた顔をほんの少し赤らめながら、その様子をじっと見つめていた。
 そんな平次の顔を見返し、新一は呆れたように苦笑した。
「……お前ねぇ、そんな嬉しそうな顔して見てたら、バレバレだぜ?」
「えっ?」
 平次には、自分がたった今どんな顔をしていたのか自覚は無い。まさか、顔に出ていたんだろうかと自分の頬を両手で押さえた。
「お前だろ?」
「あっ?いや、ちが……」
「お前、だろ」
 容赦のない新一の言葉と瞳を向けられ、平次はとうとう観念してしまった。
「……気持ち悪ぅないん?男から、チョコもろたんやで?そんなん、無理して食わんでも……」
 自分でも、どんな馬鹿なことをしたのか分かっているつもりだ。平次はおそるおそ
る新一の顔を伺ったが、新一は特に軽蔑したりする様子は見せていない。
「でも……お前だろ、コレくれたの。だったら、構わねーよ」
 それはどういう意味なのだろうと平次は顔を上げた。
 言葉そのままの意味で受け取っていいのだろうか。オレのチョコだったら、男からのものでも大丈夫なのか?
 ……オレのチョコだった、から−−?
「名前くらい書いておけよ。もうちょっとで捨ててしまうとこだっただろ」
 平次は高鳴る胸をなんとか押さえ込み、勇気を振り絞って新一にその言葉の意味を聞こうと口を開いた。
「なぁ、工藤?」
「――おい、こっち向けよ」
 すかさず新一が平次の肩を引き寄せた。何がなんだか分からずに顔まで引き寄せられて−−唇に暖かい感触がした。
「……っ−−?」
 新一に口づけられたのだと自覚した平次は顔を耳まで真っ赤にし、がばっと後ずさった。
 自分が新一に受けたこの行為が信じられなくて、頭の中がパニックになっていた。そんな狼狽えている平次の様子を楽しそうに眺めながら、新一は自分の唇をペロリと舐める。
「甘い、な」
 あの唇と触れ合ったのだと目でも知覚させられ、平次は更に頭の中が真っ白になった。
「……く、く、工藤っ!」
 これは一体どういう意味なのか−−なんて、そう深く考え込まずとも、すぐに答えは見つかりそうなものだったが、相手はあの工藤新一なのだ。
 平次はいまいち自分の出した答えに自信が持てず、口に手を当てたまま、何も言えずに立ちつくしていた。
「なぁ、服部、ホワイトデーは、10倍にして返してやるからな。期待しとけよ」
 それは、自分の思っているようなそういう意味なんだろうか。
 だったら良いなあ−−と期待一杯の瞳で自分を見上げている平次に、新一は極上の笑顔で応えてやったのだった。

                                   《ende》

こんな時期にバレンタインネタかーっ!?
と思われるでしょうが
このストーリーは2002/5/4発行済の
「HappyDays?」のプロローグに当たります。
何で一緒に掲載しなかったかというと
話のイメージが全く違ってしまったから;;
ホントは「HappyDays?」も
コメディタッチで書こうとしたんだけど……うーん

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