ブリリアント ブルー2(お試し版)

                          BY 月香

~前略~



「──二代目が亡くなってもう八年になろうとしているが……、ぬらりひょん様は、次期総大将のことは何かお考えでしょうな」
 二代目総大将である鯉伴に子供は無かった。奴良組は世襲制と決まっているわけでは無いが、もし子を設けていたのなら、後継者も自然と決まっていた筈だ。そうすれば、わざわざ老いた総大将を再び主に迎えるしかないとは人材不足にしても程があると、嘲笑されることも無かっただろう。
 そもそも今日、こうして奴良組の名だたる大幹部が集まり膝を付き合わせているのは、新たな時代を率いる次期総大将を決めるためだと言ってもいい。
「──さて、総大将は未だご健在。……いずれ後継者を選ぶとしても、時間はまだありますゆえ」
 今すぐ決める必要は無いと言う古参の幹部・牛鬼の言葉に、一つ目入道がふんと鼻で笑う。
 ぬらりひょんの信頼も厚い牛鬼は、そもそもぬらりひょん以外の血筋を主と仰ぐつもりは毛頭無いのだ。だからその息子、鯉伴が二代目を襲名した時は心からの忠誠を誓い、改めて鯉伴と主従の杯を交わした程だった。
「なんじゃ、牛鬼。──そうやって時間を稼いで、自分が後継者になる算段をしているのではないのか?」
 妙な言いがかりを付けられた牛鬼は、その発言の元ををじろりと睨んだが、一ツ目入道のからかうような物言いは止まらない。
「牛鬼は、総大将とは親子の杯を交わしたんだったな。なら、息子も同然の牛鬼が、次ぎの総大将になるのが妥当かぁ?」
 一ツ目入道は、ひゃっひゃと高い笑い声を抑えようともしない。
 牛鬼はその昔、奴良組に敵対する勢力を率いていたが、当時の奴良組との抗争に敗れ、その傘下に下った。が、ぬらりひょんは牛鬼の人となりに惚れ込み他の妖らとは違う、親子の杯を交わしたのだ。
 その杯のことは誰もが知る事実であり、つまり牛鬼は、自らが後継者だと名乗りを上げる者にとっては邪魔な存在だった。下座の方で、不安気な声がひそひそと聞こえる。
 湿った空気を吹き飛ばすように、古参の幹部の一人である狒々組の組長が能面の下で大笑いをした。
「牛鬼が総大将かぁ?お堅い組になりそうじゃな!」
 冗談も何も通じない堅物だと評判の牛鬼だ。毎日を楽しく暮らして、たまに闘いに出られればいいと思っている狒々は、牛鬼を主として仰ぐなど御免だった。
「ならば、──狒々殿は、自分が総大将にとは考えなんだか?」
 そう問いかけてきた三ツ目八面を一瞥し、狒々は首を捻る。
「ああ?ワシは無理無理!元々大将の器じゃないしのう。そんな野心があったら、もうとっくの昔にぬらりひょんを殺して総大将の座を奪っておるわい」
 そんな物騒な発言をしても許されるのは、狒々がぬらりひょんの旧知の友でもあるからだ。上座に胡座をかき、煙管をふかしていた総大将も、そんな狒々の軽口を面白そうに聞いていた。
「よう言うのう、狒々よ。ワシもまだまだ、捨てたもんじゃないぞ」
「なら今からでも嫁でも娶って、子を作れば良いだろう?」
 そうすれば後継者問題などあっという間に解決するだろうと、老体のぬらりひょんをそそのかす。
 狒々が冗談でそんなことを言っているのだと分かっているぬらりひょんは、何百年も前に亡くなった連れ添いを懐かしそうに思い出していた。
「ワシは、珱姫に一途じゃからのう」
 そう言って笑う初代総大将に、昔は後添えを娶れと周りも煩かったが、今は誰もそんなことを勧めはしない。 
「……それにしても、後継者の名乗りを上げているのは、総大将と比べてもそんなに若くもない老いぼればっかりじゃ」
 妖怪にとって生きた年数は余り関係無い。しかし、初代は五百年前から百鬼夜行を率いており、その後ろに従って来た妖達もそれなりに年を取った。中には初代のように、老いを身体に刻み込まざるを得なかった者もいる。
「ほほー、つまり狒々殿は、──若い世代に任せた方がいいと、そんな風にお考えか」
 一ツ目入道が感心したようにそう口を開くと、別の場所から小さな声が聞こえた。
「……例えば、自分の息子、とかですかな?」
 ぼそりと、そんな意見を口にしたのは誰だったのか。
 そんな揶揄を聞きながら、ちらりと一つしか無い目で狒々を見やったが、能面の下の表情など分かる筈もない。しかし、その声色は楽しげだった。
「──ん?そう聞こえたかの?……まあ、確かにウチには息子やら娘やら大勢おるがなぁ。……望まれれば、牛鬼の次ぎの義息子としてぬらりひょんに差し出しても一向に構わんがな」 
「……養子か……」
「……その手があったか」
 ぼそぼそと遠くから聞こえる声の中には、本気でそう考えている者も居るかもしれない。
 話題の中心にいるぬらりひょんは、ふうっと煙草の煙を吐き出した。
 次ぎに口を開いたのは眼鏡をかけた小柄な妖。片手に古いソロバンを持ち、しゃかしゃかと鳴らしている。
「ならば、お若い者の意見も聞きたいですな。……それでは、薬師一派の鴆はどうですかな?」
 算盤坊の矛先は、年若い鳥妖へと向けられた。今までずっと口も挟まず、周りの意見を聞くだけに留めていた鴆のことだった。
「奴良組の次ぎの総大将には、誰が相応しいとお思いか?」
 指名され、鴆は居並ぶ幹部の表情をちらと眺め、すっと軽く頭を下げる。
「オレは、総大将がお決めになることに従います」
「はっ!若造は、はっきりせんなぁ!」
 一ツ目入道が、鴆の答えに不満をあらわにした。
 薬師一派は奴良組直属の組の一つであり、その昔からぬらりひょんの信頼も厚かったが、代々の頭首を務める『鴆』は元々短命な種族で、現在の鴆は、齢数百歳を越える他の幹部に比べてとても若い。
 鴆には、何も言うことは無い。時が来れば、この問題は解決すると確信している。
「どいつもこいつも、はっきりしない奴らばっかりじゃ!」
 そんな文句を言う一ツ目入道だったが、自分が総大将になりたいなどとは思っていない。総大将となるには、雑多な妖怪全てを有無を言わさず率いることが出来る、強さと畏が必要なのだ。
 自分にはそんなことは無理だということは端から分かっている。が、自分が認めない者を主として仰ぐことも決して出来そうにない。
 不満ばかりをこぼす一ツ目入道も、今、奴良組がどんな状態なのかは知っているつもりだ。
 むしろ問題なのは、今この場で名前が挙がらなかった者達だ。総大将の地位を狙っているのは、一人や二人では無い。
 勝ち目が無い内は自らの真意は明かさない。そして、裏では根回しと互いの腹のさぐり合いを続けながら、虎視眈々と総大将の座を狙っているのだ。
 一ツ目入道は、そんな今の状態が気に入らなかったので、わざと茶々を入れて会議を引っかき回しているだけなのだ。
 結局、野心を持つ者も、現総大将に忠誠を誓う者も、すぐさま総大将の後継者を決めようという気は無い。そういう意図を何となく酌んだ者達は、はっきりとした答えが出ないよう、わざと違う意見を持っていそうな者に順に声をかける。皆の意見がまとまらないように。
 ガゴゼは大きく裂けた口で、主の意見を仰いだ。
「では、総大将はいかがですかな。これだと思う、お考えの者などおりませんか。──いや私も、総大将が是非にと推すなら、その者を新たな百鬼夜行の主として仰ぐつもりですぞ」
 そう調子の良いことを言うガゴゼも、時期総大将にと名乗りを上げた者のうちの一人だ。
「ほほー、それはワシが老いぼれて先が無いから心配しておるのだな?」
「いやいや、そんな。そういう意味では、ワシも老いぼれ。奴良組の行く末を心配しているのですぞ?」
「ワシもまだまだ若いつもりじゃ。──まあ、急いで決めることもあるまい、なぁ」
 当のぬらりひょんは、扇子でぱたぱたと自身を扇ぎながら、しわくちゃな顔でカッカッと脳天気に笑い飛ばした。
 重大な話も、適当にぬらりくらりと交わすのがぬらりひょんの常套手段であり、妖としての本質だ。今日もまた、大事な事柄が決まらぬのかと幾人かの幹部がため息をついた。



~中略~



 猛毒持ちの自分にとって、リクオはうってつけの相手だった。未だ何の妖怪かさえ分からないリクオの父親に、感謝しなければいけない。毒の耐性を含め、今のリクオの妖怪としての強さは、おそらく父親から受け継いだものだからだ。
 鴆はリクオの事を好ましく思っていた。体調の所為で出歩く事が少ない鴆に会うため、こうして自分から薬鴆堂へ頻繁に会いに来てくれるし、一番心配していた毒にも耐性があることが分かった。容姿も好みで、他人の目を奪う程の凛とした美しさを備えていた。鴆は鳥妖だったが、普段は人間と変わらぬ姿をしているため、自然と鴆が好むのも人型だった。
 それに何より、リクオは若いくせに妖怪としての強さも持ち合わせ、戦闘能力の低い鴆を何度も敵から守ってくれたのだ。
 リクオは、鴆の肩を抱き寄せた。 
「……鴆、キスしてもいいか?」
 それが接吻のことだということは、以前リクオから教えて貰っていた。最初は強引に口付けを迫って来て困惑したが、今ではリクオは鴆の気持ちを無視するようなことは無く、わざわざ鴆に許可を取ってから自分に触れてくるのだった。
「ああ、いいぜ」
 鴆は年上の余裕でもって、更に近づいてくるリクオを受け入れる。目を閉じると、軽く啄むような口付けの感触がする。
 リクオに酒の味を教えたのは鴆で、身体を重ねる快楽を教えたのも鴆だった。最初は、女との閨の経験もあり年上の自分がリクオを導いてやろうとしたが、鴆が既に女の体を知っていることを知ったリクオが腹を立てて、逆に鴆を押し倒したのだった。
 腕力でリクオに叶わない鴆はそれ以来受け身に回ってしまったが、今となってはどうでもいいことだ。むしろ、真っ直ぐに自分だけが好きなんだと迫ってくる年下の半妖を、甘やかしてやるのも悪くないと思っていた。
「大丈夫そうだな」
 医者である自分に対して、唇の温度で体調の変化を確認しようとしたリクオをおかしく思い、鴆は相手を見上げて笑う。
 決して体調が良いわけではないが、今日はいつもよりはかなりマシな方だった。 
「身体が弱いのは生まれつきだ。けど、なんだかお前に会ってから、──いろいろ上手く行くんだ」
 口元に笑みを浮かべ、一人で勝手に楽しそうにしている鴆に、拗ねたリクオがその理由を聞き出そうとする。
「ふうん。いいことでもあったのか」
「おうよ!昨日も……っ」
 思わず言いそうになった鴆は、ぱっと口を自分の手で塞いだ。
「……おっと、今は言えねぇ。秘密なんだ」
 それは、代々奴良組の掛かり付けの薬師をしていた鴆だからこその秘密だった。
「なんだよ、オレにも言えねぇのかよ」
 あからさまに機嫌を悪くしたリクオには申し訳ないが、奴良組全体に関わる秘め事だったので、言うわけにはいかない。



~中略~



「……鴆様」
 蛇太夫が部屋の外から声をかけてきた。作業の手を止めて何の用だと鴆が返事をすると、上ずったような声が聞こえる。
「呉服屋のお嬢さんがいらしてますよ」
 そう告げられれば、鴆の心当たりは一人しかいない。シマの妖怪街にある、老舗の呉服屋のことだ。
「何だって?──呼んでねぇけどな」
 首を捻り、用向きを想像する。
 先日リクオと訪れた際、着物を一式頼んだが、それが出来上がるにはまだ先の話だったし、何かあれば携帯に電話をよこすように言ってある。
 鴆はようやく電話への出方を覚えたばかりだった。メールの見方も少し前にリクオに教わり、見るだけならば出来るようになった。
 今までならば、メールが届けば蛇太夫に携帯を渡して開いて貰っていたが、リクオからのメールをうかつに見せるわけにはいかないので、必死に操作方法を覚えたのだ。更にリクオからの忠告で、鴆は常に携帯を目の届く所に置くようにした。うっかり携帯の中身を他人に見られでもしたら、ばつが悪い。 
 鴆が、自分に恋人が居るんだと蛇太夫に白状してからは、普段の生活を常に監視されているようで視線が痛かった。
 それに、蛇太夫は先日の鴆との会話の中で気が付いた筈だ。鴆が呉服屋に頼んだ着物が、鴆の恋人のためのものだということを。
 ならばむしろ、呉服屋の娘と連絡を取ったり会うことを妨害すると思ったのだが、こうやって屋敷の中に招いて鴆に会わせる蛇太夫の考えが分からない。
 ふと、リクオの言葉を思い出して、鴆は折花に会うことを一瞬ためらった。リクオに知られればまた、鴆に色目を使った女と会っていたとか何とかと煩い。
 だが鴆の立場で、近寄る女達を全て遠ざけるわけにもいかない。
 鴆は薬師一派の頭首として、シマに住む妖怪達の生活を守る義務がある。病弱な鴆だったが、逆に体調が良い時は積極的にシマの妖達と会い、近況を聞いたり困ったことなどが無いか訊ねたりしていたのだ。
 客間に鴆が入ると、折花が風呂敷包みを脇に置き、優雅に頭を下げた。
 上座に置かれた座布団に座ると、蛇太夫が茶と菓子を持ってきた。ちらりと娘を見た後、そのまま視線を鴆に向けて、何やら妙な顔をしてこちらを伺っている。
「──どうぞ、ごゆるりと」
 蛇太夫は軽く頭を下げると、早々に退室していった。
 今日の用向きは何だと鴆が娘に訊ねると、折花は風呂敷包みを解き、掛け軸の入った細長い木箱を取り出した。
「──先日、お借りした絵姿をお返ししに参りました」
「そうか。わざわざすまねぇな」
 絵姿というのは、『鴆』を描いたものだ。
 先日、リクオの着物を注文した際、羽織の裏に鳥妖の『鴆』を描いて欲しいというリクオの要望で、鴆は参考になるだろうと薬師一派で保管していた掛け軸を呉服屋に届けていたのだ。
 『鴆』は首が細くて長い、緑色の羽を持つ鳥だ。羽根は毒を含み、光の加減で紫に光る。鴆は普段は人型だったが、髪の色は羽色に近いものだ。
 鴆自身が鳥型の姿を見せれば話は早いのだろうが、真の姿はおいそれと誰にでも見せられるものではない。そのため、絵の参考にするようにと貸し出した物だった。
「それから……羽織の絵の下絵でございますが」
 巻かれた和紙が開かれると、墨一色で優美な線が一面に描かれていた。
「──へぇ、こんな風になったのか」 
「お直しする所があればと思いまして」
「アンタが描くのかい?」
 そう思わず聞き返したのは、呉服屋の娘が友禅の絵を描くとは思っていなかったからだ。
「お許し頂ければ……」
 控えめにそう言った折花に、鴆は顎に手をかけて首を捻った。
 柔らかそうな羽や、折れそうな細い足。全体的に細身の姿の鳥が、両方の翼を広げて飛び立とうとしている様子を表した絵だった。周囲には百花の王、牡丹らしき花が描かれていた。赤い牡丹と緑色の鳥、互いに強調し合うような色彩が想像できた。しかし。
「ううむ、……悪ぃがアンタの絵は優しすぎるな。もっと、こう……」
 これがリクオの背にあると考えると、やはりもっと強そうな姿で描いてほしかった。
 リクオは人間の血を引く半妖だったが、その闘いぶりを見れば本人の強さが分かる。
 なるべくなら妖怪を殺したくないなどという綺麗ごとを口にするリクオだったが、実際殺さずに相手を倒す技量も兼ね備えていた。それなりの実力が無ければ、殺さずに済む筈もない。
「……鴆様を思いながら描いたんですわ。そうしたら、このような優しげな姿に……」
「アンタには、オレがこう見えているってことか」
 折花は優美な姿を美徳だと思ってこう描いたようだ。戦闘に向いていない自覚はあるが、鴆とて任侠妖怪の端くれだ。自分の理想としては、奴良組の出入りには参加出来なくても、敵を一掃する鴆毒がほとばしるような絵を見たかった。
 しかし、優美な姿もまた『鴆』の本質の一つでもある。その昔は、宝玉にも例えられる美しい姿を愛でるために、他妖怪や人間らに狩られることも多かったという。
 今は、奴良組の庇護を受けているため、そういう意味での危険はほとんど無いが、鴆の本質──比類無き猛毒を表すような、そんな絵にして欲しいというのが鴆の希望だった。
 鴆が実際それほど強い妖怪なのか、と聞かれれば答えに詰まるところだ。しかし鴆を描いて欲しいと言ったのはリクオの希望だ。リクオ自身は、鴆の鳥妖姿は見たことが無い。ならば、鴆が望む鴆の姿を描いて貰いたいと思っていたのだった。



~中略~



 本家のある東京都の浮世絵町に到着したリクオは、気がせっていたのかいつの間にか妖怪の姿に変化していた。普段は全く変化のコントロールが出来ないが、鴆が絡むとかなりの確率で妖怪の姿に変わるようだ。
 背丈がぐんと伸び、リクオはどうりで自転車を漕ぎ辛かった筈だと、正直な自分の身体に少し呆れて口の端を上げて笑った。
 竹籠がリクオの姿の変化に驚いたように、くるくると忙しなく回っている。リクオのこの姿を見るのは二度目だった。
 自転車を近くの公園の駐車場に置くと、竹籠を抱えて徒歩で足早に本家へ向かった。リクオは妖怪の姿だったので、念のため気配を消すことを忘れない。
 任侠妖怪の総本家の近くでは、人間には見えないのだろうが、多くの妖怪が彷徨っていた。
 途中、何人もの妖怪とすれ違ったが、彼らはリクオと竹籠には気がつかないまま側を通り過ぎていった。
 奴良組本家の屋敷は、現代には珍しい古い武家屋敷で門構えも大きく、固く閉ざされた木戸は威圧感があった。
 竹籠は、知り合いに声をかけてくるとリクオに伝え、妖怪姿のリクオを一人置いたまま、正面の大きな門をくぐって中へ入っていった。
 が、しばらく待っても竹籠が帰って来ない。
 朝になるまでに自分の町へ帰らなければならないリクオはしびれを切らし、屋敷をぐるりと囲む塀を見上げた。高さはそう無い。今の自分ならば簡単に飛び越えられるだろう。
 リクオは姿を消せる能力を発動し、一人で本家に忍び込んで中の様子を探ることにした。目的は鴆の今の状況を確認することだったが、出来れば鴆本人に会いたい。
 体の弱い鴆が一人で寂しく寝込んではいないかとか、ガゴゼを殺したと思われている鴆が、罰と称して痛めつけられてはいないだろうかとか、不安な妄想を打ち消すには、やはり生身の鴆をこの腕に抱きしめるのが一番だ。
 リクオはふわりと塀の上に飛び上がった。見渡した本家は広く、どこに鴆が居るのかさっぱり分からなかった。とりあえず、庭へと飛び降りる。
 雑草が伸び放題の庭では、角のある子鬼や、目が一つだけの丸い小妖怪などがちょろちょろと走り回っている。どうやら、鬼ごっこのような遊びに興じているらしい。自然に生い茂るに任せた庭木の上にも、多くの妖が居た。
 この屋敷のすぐ近くには、普通の人間が暮らしている民家が多くあった。こんなところに、妖怪が大勢集まり、住んでいる場所があるということが驚きだった。
 リクオの姿は、やはり、本家の妖怪達には認識されていなかった。父親がかけてくれた目眩ましのおかげだった。
 以前、鴆が言ったことには、薬鴆堂には無関係な妖怪が勝手に入れないよう、協力な結界が張ってあるとのことだった。
 おそらく、この本家も同じような結界があるのだろうけれども、リクオには効力は無いらしい。
 庭からぐるりと屋敷の中を窺うと、古い屋敷だったが、いくつかの和室はきちんと障子が貼られ、中で灯りがほんのりと点いているのが分かった。
 リクオは運動靴を脱ぐと、そっと縁側から上がり込む。わざわざ靴を脱いだのは、今は妖怪の姿とはいえやはり人間としての道徳観は失っていないからだ。しかしそのまま靴を置いていけなかったので、仕方なく手に持って上がった。
 自分の姿は見えないという自信の元に、リクオは部屋を一つずつ覗いて確認する。中にはもちろん本家の妖怪達がいたが、誰も侵入者に気付かない。
 広い屋敷をしらみつぶしに回ったおかげで、リクオは、目的の相手をようやく探し当てたのだった。
「──鴆!」
 思わず声を上げて呼びかけると、鴆は口をぽかんと開けてこちらを見ていた。
「え?」
 リクオはすぐにでも鴆の側へ駆け寄りたかったが、手に持っていた靴のことを思い出し、くるりと振り返ってとりあえず縁側の下に置いておいた。それから、さっと部屋の中へと身を滑り込ませる。
「鴆、大丈夫か?」
 許可を待たずに中へ入り、後ろ手できっちりと障子を閉めた。
「リクオ……?お前、どうしてこんな所に」
 本当にリクオかと、何度も瞬きをした鴆は、今ここにその人物が居ることが信じられないようだった。
「竹籠に案内して貰った。お前がずっと、ここに監禁されているって言うから」
 鴆は手にしていた本を机の上に置き、リクオへと向き直る。
「監禁?何だよ、それ」
 くすっと鼻で笑う鴆を見てリクオは安心する。側に寄って、鴆の隣に腰を下ろした。



~後略~


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