ミドリノヒビ 『シロツメクサ』


                          BY 月香



 
 そんな場面を見てしまったのは、本当に偶然だった。
 まだ日は高かったけれど、鴆に会いたい気持ちが逸ってたまらなくなったリクオが、朧車に乗って薬鴆堂に向かったのは、まだ日が高い時間だった。
 

 リクオは、朧車に門のすぐ近くで降ろしてもらい、駆け足で薬鴆堂の門をくぐった。
 別に誰かに見られてもかまわなかったから、畏で姿を隠すようなこともせず、普通に中に入り、その辺をうろついていた妖怪に軽く声をかけた。
 すると、薬鴆堂の妖怪は、こちらから何も聞かずとも、鴆様は裏庭にいますよと教えてくれた。
 リクオは軽く礼を言うと、足早にそこへと向かった。


 裏庭は、薬鴆堂で使うための薬草の畑になっていて、栽培が可能な種類がいくつか植えてあった。鴆はそこで、薬草畑の世話をしているという。
 リクオが建物の角を曲がり、裏庭の畑の方を覗き込むと、会いたかった薬鴆堂の主が地面に屈んでいた。
 草取りでもしているのだろうかと思った鴆の目の前には、小さな妖怪が居た。
 リクオは見たことが無いが、おそらく薬鴆堂に住む附喪神だろう。
 黒い茶碗に目と口と小さな手足が付いた小妖怪は、その腕を必死に伸して鴆に何かを差し出していた。
「……鴆様!これどうぞ!」
「ああ何だ?……白詰草か」
 小さな手に握られているのは、一本の緑色の草。
「これ、葉っぱが四枚あるんですよ!」
「へぇめずらしいな」
「鴆様が、いつまでも健やかでありますように」
 突然そんな、祈るような言葉を向けられ鴆は首を傾げる。
「な、なんだよ?いきなり」
「これ、浮き世では『幸運』を呼ぶらしいですよ。だから……鴆様にさしあげます!」
「──ああ、ありがとな」
 鴆は茶碗の附喪神から、クローバーを受け取った。
 そんな、小さな微笑ましい好意を捨て置く鴆ではない。 
 それは分かっていたが、その様子を黙って見つめていたリクオは、焦燥感を抑えることができなかった。 
 鴆はリクオの恋人だった。けれど、いくら恋人に贈り物をしていたからと言って、あんな小さな妖怪に嫉妬をしているとか、さすがにそういう意味ではない。
 附喪神が鴆に渡した、『四つ葉のクローバー』が問題だったのだ。
 ──まずいよ。
 リクオは、鴆に声をかけることを止め、くるりと背を向けた。
 鴆に気づかれないよう、その場を離れる。
 あの小妖怪は、きっと一生懸命四つ葉のクローバーを探したのだ。
 どこから知ったのかは分からないが、人間の習慣を耳にして、足下や手を泥だらけにしながら。
 そんな附喪神の心のこもった贈り物に比べて、──自分はどうだったろう。


◇◇◇


 先日、リクオは鴆に贈り物をしていた。
 今年の春先のことだ。同級生のカナ達と学校帰りに寄った、雑貨屋で偶然見つけたのだ。
 リクオは、それを見た瞬間、鴆にあげたいとごく自然に思った。
 商品のパッケージには、『幸せを呼ぶ四つ葉のクローバーが育ちます!』と書いてあった。
 さっそくそれを購入したリクオは、鴆にプレゼントしようとして、はっと思いとどまった。
 この鉢植えは、最初は芽も何も出ていない、ただの土と種だけが鉢に入っているのだ。水をあげて数週間すれば芽が出ると説明書には書いてあった。
 芽も何も出ていない鉢植えを鴆に贈ることをためらったリクオは、自室でこっそりと鉢を育てることにした。
 本家の妖怪らには見られてもかまわないけれど、鴆にだけは内緒にしなければいけない。
 そのため、鴆が用事があって本家に来る時は、あらかじめ母親に頼んで鉢を預かって貰ったりした。若菜は、地味な鉢植えを大事にしている息子の姿を、面白そうに眺めていた。


 しばらくして、鉢植えがようやく芽吹き、葉が出始めたが、四つ葉はなかなか生えてこなかった。
 『幸運』の印の四つ葉でなければ意味が無い。
 鴆の誕生日まで間に合えばいいなと、リクオは気長に鉢の成長を見守っていた。
 そして先日、ついに四つ葉が一つだけ生えたのだ。
 ひょろりと伸びた茎の先から、小さな若い緑の葉が四枚揃って生えてきていた。
 それを見つけたリクオが、もっと葉が大きくなって見栄えが良くなるのを待ち切れずに、薬鴆堂に持って来たのは数日前のことだ。鴆の誕生日までは、まだまだ日があった。


「鉢植えか」
 鴆は、興味深そうにその小さな鉢をじっくりと見つめていた。
「この四つ葉は幸運を呼ぶんだって」
 リクオの説明を聞き、鴆はへぇと声を上げる。それが、人間の世界でどんな意味を持っているかなんて、生粋の妖怪である鴆には興味の無いことだったが、リクオが教えてくれることならば、何でも受け入れるつもりだ。
 これを部屋に置いてくれと言われた鴆は、少し考えた後にもっと日当たりの良い場所に置くことにした。
 リクオが待ち望んでいた四つ葉は、ようやく小さな葉を出したばかりだ。
 もっと大きく丈夫に育てるには、日の当たらない鴆の部屋では駄目だと言われれば、リクオに文句は無い。
 鴆は、リクオから贈られた鉢植えを、縁側の日当たりの良い場所に置いてくれた。
 そこは、薬鴆堂の貴重な薬草を集めて育てているところで、リクオにはさっぱり名前も分からないようなたくさんの鉢が置いてあった。
 木の板で階段状にしつらえた台の、一番上に置くことになった。
 ここに置いておけば、すぐに葉も大きく生え揃うだろうと鴆は笑って言った。
 その後、薬鴆堂を訪れるたびにリクオは鴆と共に鉢植えの成長を見守ってきた。
 日当たりと、鴆の世話が良かったのか、あれから四つ葉はもっと数を増やし、鉢植えからはみ出る程に緑が増えて溢れていた。
 四つ葉の数だけ、幸運が増えるような気がして、リクオは嬉しかったのだ。


◇◇◇


 駄目だ、あれは返して貰おう──。
 リクオは、そうさっさと決断する。
 もちろんリクオが贈った四つ葉の鉢植えも珍しいものに違い無いが、所詮、最初から四つ葉が生えると分かっていたものを店から買ってきたものに過ぎない。
 さっき鴆が附喪神から贈られていた、送り主が自分で探した四つ葉に比べると、どうしても気持ちの込め方が劣るものだ。と、そう思ってしまった今ではもう、そんなものを誇らしげに鴆に贈った自分が恥ずかしくてたまらなかったのだ。


 鴆に気取られてはいけないと、リクオは改めて畏を使って気配を絶ち、そっと屋敷に上がり込んだ。
 鉢植えの場所は分かっている。
 薬草を並べた縁側に向かう。そこは、鴆の部屋に近い場所だったが、鴆は裏庭に居たのでここへは来ないだろう。
 リクオが贈った鉢植えは、日当たりの良い一番上の段に置かれていた。
 緑の葉っぱが水滴で濡れている。きっと、鴆が水を与えてくれたのだ。
 リクオが、鉢植えを両手でそっと持ち上げた時だった。
「……リクオ?居るのか」
 聞き慣れた恋人の声がして、リクオははっと息を飲む。
 本当なら、いつでも聞いていたい声だったが、今は駄目だ。リクオは畏を強くして、気配を悟られないよう注意を払う。
 鴆はきょろきょろと辺りを見渡し、リクオの名を呼びながら周りを伺っていた。
 実は鴆は先程、薬鴆堂の小妖怪からリクオが訪れていることを聞き、リクオを探しに来たのだ。
 もちろん鴆は、畏を発動し姿を消しているリクオの居場所は分からなかったけれど、なんとなく勘を頼りにこの辺りに居るのではとやって来たのだ。
 しかし、リクオは鴆に答えない。
 今、自分がしていることを知られたくなかった。
 四つ葉の鉢植えを、もうこれ以上ここには置いておきたくないのだ。
 まるで泥棒のようだと思ったが、後で適当に言い訳しておこうと思った。
 気配を消すことはぬらりひょんの本懐だ。このまま畏を解かなければ、鴆にリクオの居所が分かる筈はない。
 リクオは鉢植えを両手に抱えて持ったまま、鴆の視線を避けるように、その場を離れようと足を縁側の外へと向けた。
「リクオ?」
 再び名を呼ばれたが、リクオは心の中で謝罪する。
 鴆の顔は、全く別の方を向いている。このまま何も答えなければ、ここに自分が居たことも分からない筈だ。
 薬鴆堂の小妖怪には、自分が今日ここへ訪れたことを知られてしまっているので誤魔化せないが、後から鴆に追求されたら、急用が出来てすぐに帰ったということにしておけばいいだろう。
 リクオがそんな言い訳を考えていると、鴆は眉間に皺を寄せて、吊り目をさらにつり上げた。
 鴆を怒らせてしまったということは分かったけれど、リクオは後ろめたく思いながらも無視をした。
 張り詰めた鴆の妖気が辺りに満ちるのを感じ、リクオははっと振り返る。
 すると、業を煮やしたのか、いきなり鴆は、空中に小さな羽根を大量に舞い上がらせたのだ。
 緑色の鴆の羽根。
 触れただけで、相手を毒で犯す猛毒だ。
 大妖怪ぬらりひょんの血を引くリクオにはあまり効かないが、普通の妖怪ならばいちころだ。
 鴆の危険な猛毒の羽根は、その辺を漂っているだけならまだしも、鴆の妖気に反応し、羽軸を切っ先に見立てて鴆の周囲を猛スピードで飛んで回っていた。
「あ、危ないよ!」
 リクオは、思わず声を上げた。一体鴆は何を考えているのか。
「僕だけならともかく、他の妖怪とかいたらどうするの!?」
 鴆を咎める声を発し、畏を解いたリクオの方へと鴆がようやく振り向いた。
 ついさっきまでの怒りの形相はどこへやったのか、鴆は瞳を輝かせてリクオの姿を見つめていた。
「やっぱり居たじゃねぇか」
 嬉しそうに自分に近寄る鴆に、リクオもつい顔を緩ませたが、危険な行動をとった鴆に注意しないわけにはいかない。
「さっさと羽根を消してよ」
 今は居ないようだが、もしも他の妖怪が近くにいたら、鴆の羽根の影響を受けてしまったかもしれない。
 そう言うリクオに、鴆は軽く首を傾げて笑った。
「羽根に、毒は仕込んでねぇ」
 だから問題無いと言いながら、鴆は空中に放った羽根を瞬時に消し去った。むしろ、毒を仕込んでいないことに気づかなかったのかと、リクオを鼻で笑う。
「もー」
 鴆はいつもの口調だったので、リクオが畏で姿を消していたことに怒っているかと思えばそうでもないらしい。
「で、何をしてるんだ?気配を消して」
 何故かなんて、言える筈もない。
「あ、えっと……」
 珍しく口ごもるリクオだったが、鴆はそんなリクオが手にしたものを見て、余計にリクオの行動の理由が分からなくなった。
「リクオがくれた鉢植えじゃねぇか」
「う、うん」
「大きくなったよな。葉も増えたしよ」
 でもこれは、リクオが本当に鴆にあげたかったものでは無かったのだ。そんなことに、今更気づいても遅いのだが。
「ゴメン!……この鉢植え、返してくれる?仕切り直しをするから」
 そんなことを言い出すリクオの意図を掴みかね、鴆は首を傾げた。
「どうしたんだ?何か都合が悪くなったのか?」
 その鉢植えに何か問題があったのだろうかと、鴆は無意識に鉢植えに手を伸したが、それに気づいたリクオがさっと鉢植えを引っ込めた。
「その、ちょっとね……」
 大事そうに両手で鉢を抱えたリクオは、気まずさに鴆から目をそらした。
「やけに歯切れが悪いじゃねぇか」
 段々と、本当に鴆の機嫌が悪くなってきたことを感じたリクオは、半ば諦めて鴆に白状する。
「で、でも、鴆君貰ってたし」
「何?」
「さっきの妖怪が、鴆君にあげてたでしょ。……四つ葉の……」
「ああ……さっきの白詰草か」
 見ていたのかと、鴆は袂から一本の草を取りだした。附喪神から貰った、四つ葉の白詰草だ。
 そして、鴆は、リクオが鉢植えを持って来てくれた時のことを思い出した。
 この鉢から生えている四つ葉は珍しいもので、幸運を呼ぶのだと教えてくれた。 
 そして、ついさっき裏庭で、鴆は附喪神からも四つ葉のクローバーを貰っていた。附喪神も、鴆に向かって「これは幸運を呼ぶのだ」と言っていた。 
 鴆は、奴良組総大将であるリクオが、そこいらの小妖怪と同じ考えで、尚且つ似たような贈り物を持ってきてしまったことを、自尊心が許さなかったのだろうと、少し的外れなことを思い付いた。
「オレが、お前からの贈り物を、受け取らねぇわけないだろうが」
 大きかろうが小さかろうが、高価な物だろうが安物だろうが、鴆にとってはリクオが全てだ。
 附喪神からの贈り物はとても嬉しいが、リクオからのものであればただの石ころでも鴆にとっては一生の宝になるだろう。
「リクオ……その、アイツには悪いが、オレはリクオがくれる物の方が、ずっと嬉しいぜ」
 だから附喪神のことは気にするんじゃないと言う鴆の言葉は、お世辞でもなんでもないのだとリクオは分かっていたが、リクオは首を横に振る。
 鴆はそれで良いと言ってくれるけれど、我慢ならないのはリクオの方だ。
「これね……人間の店には普通に売ってるものなんだ。……附喪神が探してきた、天然ものには適わないよ」
 つまりリクオは、栽培されたものか、自生していたものかという違いに拘っているのかと、再び鴆は少し見当違いな理由を思い付く。
 そう言われれば、薬草の種類によっては薬効の強さに違いが出てくるので、鴆もまれに薬の調合の時に気にかけることはあった。
 けれど鴆は、そんな些細な違いは気にするなとリクオをなだめる。
「附喪神の白詰草か。──確かにこれも葉が四つで珍しいもんだろうけどな。お前がくれたものとは、別のもんだろ」
「別だよね。……僕も、自分で探してくるよ!二番煎じになっちゃうけど」
「なんで小妖怪に張り合うんだよ」
 小さな名も無い妖怪でも見下すようなことをせず、対等であろうとするリクオの姿勢は好ましく思う。けれど、総大将である自覚を持って、些事に拘らずにもっとどっしりと構えていて欲しいと思うのは、貸元の一人として当然のことだった。
「だって、僕だって鴆君に幸せになって欲しいもの!」
 鴆は、それではまるで、今の自分が不幸なのだと言われているような気がした。確かに、身毒の所為で短命ではあるが、それをリクオに嘆いて欲しくはなかった。
「お前は、オレが今、不幸だと思ってんのか」
 今度こそむっとした様子の鴆に、リクオは慌てて首を振る。
「そんな意味じゃなくて……」
 鴆は、うつむくリクオの肩に手をかけ顔を上げさせると、ふっと柔らかく微笑んだ。
「お前の側に居られるのに、オレが不幸な訳ねぇだろ」
 さも当然のようにそう言われて、リクオは胸が詰まるような高揚感を感じた。
「……はっ、駄目だめ、そんな嬉しいこと言わないでよ」
 一気に熱が上がったように顔が真っ赤になったリクオは、そんな自分を鴆から隠すように、恥ずかしそうに顔を背けた。
「本当だぜ。ずっと側に居させてくれよ」
 そんな風に鴆に熱の籠もった目で見つめられた。リクオは、そんなこと言われなくてもそうするつもりだった。
「もちろんだよ。僕からもお願いするよ」
「だから、オレを出入りに連れて……」
「駄目、それは無し」
 どさくさに紛れて告げられた、鴆のそんなささやかな願いは、即座にリクオに却下された。




 結局、リクオが贈った鉢植えは、元の場所の棚に戻された。日当たりの良い一等席だ。
 その隣に置かれた小さな陶器の一本差しには、附喪神から貰った四つ葉のクローバーが生けられたが、それについてはリクオはもう文句を言うつもりはない。 
 すぐ近くの鴆の自室に場所を移し、二人は向かい合って座っていた。
 鴆の部屋は風通しが良かったけれど、今年の夏は暑い。リクオは、蛙番頭が持ってきてくれた氷の入った麦茶を飲みながら、一息ついた。
 冷たい飲み物を貰い、段々落ち着いてきたリクオだったが、やはり鉢植えのことが気になる。
「……やっぱり、僕も自分で探してこよう」
「白詰草か?」
「うん。僕が四つ葉を見つけたら、そしたら鴆君、貰ってくれる?」
「当然だろ。けど、なんでそんなに白詰草に拘るんだよ」
 生粋の妖怪である鴆は、花言葉に拘る趣味は無い。
「いいんだよ。僕が、そうしたいんだから。僕が、自分で探した『幸運』を鴆君にあげたいんだ」
 自己満足だと言われようが、リクオはかまわなかった。
「──たしか、白詰草の花言葉は、『幸運』『約束』、それから……」
 そう言い出した鴆を、リクオは驚きの表情で見つめた。
「なんだ、鴆君も花言葉を知ってるんだね」
「知識としてはな」
 以前、薬鴆堂出入りの業者が持って来た、人間界の植物図鑑だという本の中に書いてあったのだ。一度読んだ本の内容をほぼ覚えている鴆は、そんな人間の趣味的な雑学も知ってはいたが、リクオに言われるまで思い出しもしなかった。
「特に四つ葉はね、幸運のお守りになるんだ。だから、鴆君にあげたかったんだ」
 鴆が少しでも長く自分の側に居てくれるよう、猛毒に負けずに長生きしてくれるように。 ほんの気休めだったけれど、それがリクオの願いだった。
「あれだって、良い花言葉持ってんだろ」
 鴆が言う『あれ』とは、リクオの鉢植えのことだ。
「そりゃ、花言葉だったら同じだろうけど……」
 鴆は、眉をひそめた。
 どうもさっきから、リクオの言っている意味が分からない。
「だから、別だって言ってんだよ」
 リクオの方も、何故鴆が『別』だと言っているのか分からなかった。
「あれの花言葉は、『喜び』とか『輝く心』とかだった筈だ。──お前にぴったりじゃねぇか」
 さも当然のようにそう言われて、リクオは目を見開いた。
「え?だってそれ、クローバーだよ。同じだよ、白詰草と」
「……わけのわかんねぇこと言ってると思ったら、気づいてなかったのかよ。──あれは、白詰草じゃねぇ」
「ええ?!」
「ありゃ、『方喰』だな」
 リクオはその名を聞いたことはあったが、ぱっと頭に浮かばない。
「カタバミ?……それって、全然違うの?」
 鴆はさっと立ち上がり、縁側の薬草の棚からリクオの鉢植えと、附喪神から貰った一本の緑の草を持ってきた。二つを並べて床に置く。
 良く見ろと言われて、リクオは不思議に思いながら間近で見比べる。葉や茎の色が違うようだったが、リクオが気づいたのはそれくらいだ。
 しかし植物に詳しい鴆は、一目でその草の名前が分かったと言う。
 何度も目を瞬かせて、二つを見比べているリクオに苦笑した。
「まったく別もんだ。そうだな……白詰草は食えるが、方喰は食えねぇ」
 鴆は、一番分かりやすい違いを簡単に教えてくれた。
 正直違いがよく分からないが、 植物に詳しい鴆が言うなら間違い無いのだろう。
「……四つ葉のクローバーじゃなかったんだ……」
 鴆には幸せになって欲しかったから、幸運の印の『四つ葉のクローバー』をあげたかったのだ。なのに、全然違うものだったなんて。
 肩すかしをくらったリクオは、はぁと溜め息をついた。



「鴆君は、白詰草とカタバミとどっちが好き?」
 対抗心はもう無いと言いながら、リクオはそんなことを鴆に尋ねた。
 鴆は考える。
「どっちがってもなぁ」
 リクオがくれたもの、という意味ではこのカタバミの鉢植えの方が大切だが、個々に対しては好きも嫌いも無い。
「……ああそうだ。薬効が高いのは、方喰だな。白詰草にも薬効はあるが、妖怪にゃ弱すぎるからな。方喰は、止血の薬の材料になるんだぜ!お前はよく怪我をするから、必需品だろ?」
 リクオはそんな、リクオの役に立つからカタバミの方が良いと言わんばかりの鴆の答えを、嬉しく思ったのだった。




(ende 2013,9,5)


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(20130905)
鴆とリクオの真ん中バースディ記念。
ちなみに、リクオが持ってきたのは「オキザリス・デッペイ」のつもり。
そして、茶碗の附喪神は、「わ○こそば」のゆる○ャラのつもり(笑)