「お年玉」
BY 月香 |
※原作終了後の初めてのお正月です。 「リクオ、はいお年玉」 「ありがとう、お母さん」 「大事に使うのよ」 「はあい」 そんな母子のやりとりを見ていた首無は、ほほえましいと思うとともに、不思議な光景だなと頭を傾げた。 「若菜様、今更、三代目にお年玉とか」 奴良組の三代目総大将の座についたリクオは、その気になれば、すぐにでも大金も動かすことが出来る立場になった。自分で自由に出来る金も、かなりある筈なのに未だにお年玉を渡しているのかと尋ねれば、若菜はふふっと笑った。 「あら、毎月のお小遣いもちゃんとあげてるのよ」 「え?そうなんですか」 「お年玉を貰うのは、子供ならではのイベントですからね。お小遣いも。──こうでもしないと、あの子、自分が子供だって忘れちゃうんじゃないかって。だって、まだ中学二年生ですからね」 我が子が思いがけず早く自分の手を放れてしまいそうだと、少し寂しげに笑う若菜に首無は深く頷いた。 「確かに、今のリクオ様は押しも押されもせぬ奴良組の三代目総大将。リクオ様を子供扱い出来るのは、初代と若菜様しかおりませんからね」 そして、ふと首無の脳裏をある人物の顔がかすめ、懐かしそうに破顔した。 「……あ、もう一人いましたね。リクオ様にお年玉をあげられる方が」 「鴆君、お年玉ちょうだい!」 突然、自分の部屋の中に現れた総大将に、鴆が眉をひそめる。 ここは薬鴆堂の鴆の部屋だ。正月の挨拶はもうすでに済ませ、鴆は宴会に最初だけ参加すると、自分のシマに帰ってしまった。 妖怪の病院でもある薬鴆堂は、一年中治療を求める妖怪を受け入れているため、正月休みというものが無い。鴆はそのため、早々に本家から戻ってきていたのだ。 また勝手に上がり込んだのかと、鴆はため息をついたが、そもそもぬらりひょんの力とはそういうものだ。鴆はすぐに 諦める。 「ったくなぁ、総大将とあろうものが、下僕にお年玉をせびるんじゃねぇよ」 「ええ?だって、鴆君はボクの義兄弟でしょ?年上でしょ?兄が弟にお年玉をあげるって、普通のことなんだよ?」 「しょうがねぇなぁ」 リクオにねだられ、『兄』だと言われてまんざらでも無い顔で、鴆はちょっと待っていろと廊下へと出て行った。 戻ってきた鴆が抱えていたのは、お盆に乗せた丸い小さなものだった。 「ほら」 「え?お餅?」 「昔はお年玉って言やぁ、餅だったんだろ?ほら、食ってけよ」 人間の習慣を色々調べたんだぜ?と誇らしげに言う鴆だったが、リクオが欲しいものはコレではない。 「なんだよ、不服か?」 甘党のリクオのために餡子や胡麻のほか、黄粉も用意したのだが、しょっぱいものが食べたかっただろうかと、鴆が更 に台所へ向かおうとしていたのをリクオが遮った。 「ボク、前と同じのが欲しい」 「え?いや……」 リクオが言っているのは、昨年の正月に鴆があげたもののことだ。しかし、今年もそんなものをあげて良いのだろうか と躊躇した鴆に、リクオは子供っぽく頬を膨らまして文句を言う。 「同じのじゃなきゃ、いやだ」 「あーちょっと待ってろよ」 「うん!」 頭をかきながら、仕方ないなと鴆は隣の部屋に姿を消した。 急いで戻ってきた鴆の手には、小さな紙の袋が握られている。 「……ほら、こんなもんでいいのかよ?」 「ありがとう!」 リクオが鴆から受け取ったものは、お年玉用のポチ袋。 いそいそと開けた袋をひっくり返し、リクオの手のひらに落ちてきたのは、薄桃色の薬包紙に包まれたものだった。そ っと開くと、中には銀色の硬貨が一枚。五百円玉だ。 「すごく嬉しいよ!鴆君」 「そんなもんでいいのかよ」 「これがいいの」 「ふうん」 何故リクオがそんなに喜んでいるのか鴆は分からなかったが、本人が良いと言っているのだからかまわないのだろうと 、鴆は目を細めて自分の主を見つめていた。 鴆は去年の正月に、同じようにリクオにお年玉が欲しいとねだられた。人間の習慣にうとい鴆だったが、昔、リクオが小さい頃に一度だけ鴆からリクオにお年玉をあげたことがあったのだった。 その頃には鴆の父が病に伏せることが多く、息子が名代として薬鴆堂を切り盛りしていた。薬鴆堂は妖怪の病院だ。正月だからといって門戸を閉ざすわけにもいかない。今日も、薬鴆堂は通常営業だ。 本家への正月の挨拶は、夜中に出かけて済ませてあるが、幼いリクオは眠りに就いたあとだったので、鴆はリクオと会っていなかったのだ。 そんな中、リクオが朧車に乗って、薬鴆堂へやってきた。 本来ならば、貸元である鴆の方から伺って挨拶をしなければいけないのだ。鴆は恐縮し、未来の三代目に深々と頭を下げた。 「鴆くん、あけましておめでとう!」 「若…!あけましておめでとうございます。本年も、この薬師一派、奴良組のために誠心誠意……」 「お年玉ちょうだい!」 鴆の口上を遮り、リクオは当然のような顔をしてお年玉をせびった。 「……は?えっと、おとしだま……?」 リクオに付き添ってきた首無が苦笑いをしている。実は、いろんな妖怪相手に同じようなことを言って回っているのだと言う。 「人間の子供はお正月になると、大人から、そういう紙の袋にお金が入ったお小遣いを貰うんですよ」 首無が指した先には、たくさんの小さな紙の袋を両手に持って誇らしげにしている小さなリクオがいる。 なるほど、あれがお年玉というものか。鴆がリクオにそれを見せて貰うと、リクオはコレはお母さんから、コレはおじいちゃんから、これは牛鬼からと一つ一つ誰から貰ったと教えてくれた。 首無は内心、焦っていた。この鴆の反応からすると、薬師一派ではお年玉の習慣が無いのだ。人間の生活に詳しい首無は、お年玉という制度をまだ子供の鴆に教えて良いものかと首を捻る。 まさかそんなことにはなるまいが、鴆がリクオのようにお年玉をせびって回ったり、今までお年玉を渡すことがなかった当代の鴆に文句を言ったりしないだろうかと懸念したのだった。 「断ってもいいんですよ。鴆様だって、まだ子供のうちですからね」 こっそりとそう首無に言われ、自分が子供なのだと侮られたような気がした鴆は、妙な対抗心が芽生えて、年上としてなんとかリクオにお年玉をあげようと奮起したのだった。 首無の思惑通り、自分が貰うことよりもリクオにあげることで、鴆の頭はいっぱいになった。 ちょっと待ってろ、とリクオと首無を客間に残して鴆は部屋を出た。 数分後、急いで戻ってきたせいか息を切らした鴆が部屋に入ってきた。 「リクオ!お年玉だ!」 鴆から紙の袋を受け取ったリクオは、それを物珍しそうにひっくり返したりしている。 「……袋がちょっと違う……」 「え?あ、う、ウチではその袋なんだ!」 お年玉という制度もよく分かっていなかった鴆は、とりあえず金銭を包む小さな紙の袋が無かったので、薄桃色の薬包紙を利用したらしい。首無は、その包みの形が普段薬鴆堂の薬が包まれている五角形ではなく、リクオが手にしていた袋と同じ長方形に折られていることに感心した。雰囲気だけでも似せようとしたのだろう。 「ふうん……あ、五百円玉だ!」 わぁいと喜ぶリクオに、鴆は満足そうに笑った。 「鴆様、よく人間のお金などお持ちでしたね」 「ありゃー、この間来た妖怪が、治療費代わりに置いてったんだ。ちょうど良かったぜ」 「お母さんのと一緒!」 どうやらリクオの母の若菜も、お年玉に五百円玉を渡したらしく、同じものを貰ったリクオはご満悦だった。 そして、昨年──リクオは冗談のつもりだったが、鴆にお年玉をねだった。再会してから初めての正月だった。 奴良組の総大将が何を言ってるんだと怒られるかと思ったが、鴆は困惑しながらもリクオにお年玉をくれた。 昔の記憶を辿って鴆が用意したものが、薄桃色の薬包紙に包まれた五百円玉だったのだ。 さすがに人間の貨幣の価値も、今ならば理解している。が、鴆は『お年玉』というものは『五百円玉』を袋に入れて渡すものだと認識していたのだった。 一瞬、不思議そうな顔をしたリクオに、鴆は何かまずいことをしでかしただろうかと焦った。 けれど、顔を上げたリクオはとても嬉しそうな顔をして笑った。 「昔とおんなじだね。鴆君ありがとう!」 リクオ自身もすっかり忘れていたことを、鴆が覚えていてくれたことが嬉しかった。 そして、自分が総大将になっても結局何も変わらずに接してくれる鴆の存在が嬉しかったのだった。 リクオは今年もまた、同じものを鴆から貰う。 鴆も色々勉強したのだろう。昨年とは違い、ちゃんとお年玉用のポチ袋に入れられている。きっと、リクオがこうして鴆にお年玉をねだることを予想していたのだ。 そんなふうに鴆が自分のことを気にかけていてくれたことが分かって、更にリクオは鴆への愛おしさが募る。 リクオは両手でそれを大事に抱えた。 そうして、来年もこれと同じ物が欲しいなと、リクオは鴆に約束をねだった。 鬼に笑われても、全然恐ろしくない。自分は百鬼を統べる総大将なのだから。 (ende) |
HOME (20130105) 突発的に浮かんだネタ。 正月のうちにUPしなきゃと思って 一日で書きましたよ……(笑) 来年のことを語ると鬼が笑うって奴で。 |