ハルカナル
-春奏る-

                          BY 月香
−1−

「こ、困るよ!そっちには、お母さんとかおじいちゃんの部屋があって……」
 奴良リクオは、自分の家の中を歩き回る同級生達を止めようと必死だった。
 玄関から客間までの間はいい、そこはまだ見られても大丈夫な場所だ。だけども、奥の部屋はまずい。多分。
 特に問題なのは祖父の部屋の方だ。母さんは人間。だけど、祖父は──。
「ふーむ、プライベートルームか。普段から人の出入りが多いなら、もし妖怪が居たなら気づくはずだな……」
「清継君!そうそう、だからもう戻ろうよ……」
「じゃあ、気を付けて扉を開けよう」
「ええーっ!?」
「どれ、妖怪は居ないかな〜?」
 気を付けて開ける、と宣言した端から無遠慮にガラリと襖を開けた。部屋の中に首を突っ込むようにして、きょろきょろと中を見渡す。そんなことを繰り返していく清継に、リクオはため息を吐いた。
 一体どうしたらいいんだろう。元はと言えば、中学の同級生の清継がリクオの家で部活をすると言い始めたことだ。
 リクオ本人は認めたくないが、奴良リクオの家屋敷は無駄に広く古い為、近所では『妖怪屋敷』だと噂になっていた。純和風の武家屋敷風の家は、リクオ本人でも何部屋あるのかわざわざ数えたことがない程、広かった。
 その為、妖怪を研究する部活を(勝手に)立ち上げた清継は、丁度良いとリクオの家で次回の部活を開こうと(勝手に)決めたのだった。
 人の良いリクオは、その提案を断ることが出来なかったため、今、すごく困っているのだ。
 妖怪屋敷という評判は、あながちデタラメでは無い。
 むしろ、居るのだ。
 この家では純粋な人間はたったの一人、リクオの母・若菜だけだ。あとは、祖父を始めとする本物の妖怪達と、人間と妖怪の両方の血を持った者しか居ない。
 リクオは、人間として普通に学校に通ってはいるが、妖怪の血を四分の一持つクォーターだった。
 先頭を歩いているのは清継と、もう一人小柄な少女だった。
「うーん……、何となく……居るような、いないような」
 首を捻りながら辺りを見渡しぼそりと呟いた少女は、京都から転校してきた陰陽師だった。リクオにとって、この世で最もやっかいな人間達だ。
「ゆら君!居たかね!?」
 部活のリーダー清継は、期待に満ちた表情で振り返った。
「……いえ、気のせいやと」
 自信無さげに、でも気になる。といった様子で、ゆらは清継が片っ端から開けていく部屋の中を見渡し、必要であれば押入まで開けようとする。
「うわ!そんなとこまで見るの?!」
 冷や汗をかきまくりのリクオは全く無視され、傍若無人な清継の探索は続く。
「そうか、残念だ。──だが、陰陽師のゆら君なら、きっと見つけられるはずだ!頑張って行こう!」
 清継がはりきって探しているのは妖怪の総大将の、ぬらりひょん──。そしてそれこそが、リクオの祖父その者だった。
 そのため、普段からリクオの家には祖父・ぬらりひょんの下に集う、部下の妖怪達で溢れていた。
 祖父や家に居る妖怪達には、同級生──特に陰陽師が来るから、姿を隠すようにキツク言ってある。けれども、こんなにも家の隅々まで探索されたら、うっかり見つかってしまうかもしれない。
 自分に妖怪の血が流れているとバレたら、確実に平穏な中学生生活ともおさらばだ。
「へー、こんな部屋もあったんだ。外からしか見たこと無かったけど、リクオ君ちって本当、広いよね」
 感心したようにそう言いながらリクオの隣を歩いている少女は、リクオの幼なじみの家長カナだった。
 リクオが気にしているのは妖怪大好きな清継と、妖怪退治が生業の花開院ゆらだけでなく、カナのこともだった。
 カナは普通の人間の少女らしく、妖怪の類や怖い事が大嫌いだったのだ。大事な幼なじみに、家の妖怪のことがバレて嫌われたくはなかった。
「さて、こっちの部屋は……おや?」
 何か変なものでも見られたかと、リクオは慌てて清継の前に飛び出した。
「い、いや、それは!別に怪しいものじゃなくって!その……」
 それが何なのか確認する前に、必死で弁解をする。そんなリクオに、清継は平然とした顔でこう聞いてきたのだった。
「奴良君は、座敷で鳥を飼っているのかい?」
「え?鳥?」
 普通に考えれば、鳥類は鳥かご等で飼うものだ。
 鳥──まさか、鴉天狗!!リクオがまっさきに思い描いたのは、鴉の黒い羽を持った口うるさい妖怪の姿だった。
「いやっ!そんな訳ないじゃん!それは、実は──あれ?」
 が、そこに居たのは確かに鳥だったが、自分が思っていたものとは全く違うモノだった。
 部屋の中央には、室内には似つかわしくない、一抱えはありそうな大きな鳥が一羽、床に敷かれた布団の上で丸まっていた。
 緑色の、いや光の加減で青紫色にも思える、きめ細かな艶やかな羽に、細く長い首。頭は折りたたんだ翼に潜り込ませるように曲げていたため、どんな姿をしているのか全体像は確認はできない。
 清継は一瞬ぬいぐるみか何かかとも思ったが、ひっそりと規則正しく呼吸をしている様子が見てとれたため、リクオの飼っている鳥だと判断したのだ。
「見たことない綺麗な鳥だね、部屋に放し飼いで逃げないのかい?」
 清継に尋ねられ、リクオは我に返った。
 綺麗な鳥だと言われた。リクオもそう思う。今まで見たことの無い色と光沢の羽に目を奪われる。
 ふいっとその首が動き、鳥が今まで隠していた頭を少しだけ上げて、こちらをちらりと見たような気がした。
 紅い、血のような瞳だった。そしてその細い嘴は、どんな声で囀るのだろうと期待を抱かずにはいられない。
 今まで本家で見たことの無かった鳥だけども、かすかな妖気に気づいたリクオは妖怪関係のモノだということだけはすぐに分かった。
「何か、おったん?」
 陰陽師の娘が清継とリクオを押しのけて、部屋に入ろうとしてきたが、リクオは慌てて皆を廊下に追いやると戸を閉めた。
「──う、ううん。何でもないよ!さっきのは、その、おじいちゃんが拾ってきた鳥なんだ!怪我しててさ、飛べないんだよ!でも、万が一、逃げるといけないからこの部屋の扉は開けないでくれる?!ね!」
 有無を言わさぬリクオの剣幕に押されたのか、幸いにも同級生達は次ぎの部屋へと足を向けた。
 一人、陰陽師の花開院ゆらを除いて。
 皆を先導するように歩き始めたリクオは、わざと歩みの早さを遅くしたゆらに気づけなかった。
 転校してきたばかりのゆらは、はっきりとは言えなかったが、奴良リクオの雰囲気が他の同級生達と違うことに気が付いていた。だが、それが妖怪の気配なのか、全く別なものなのかは分からなかったのだ。
 そのため、清継の勢いに押されながらも、リクオに注意を払うことは忘れていなかった。
 先ほど、清継とリクオが覗いていた部屋にはきっと何か隠したいものがあると、ゆらは直感した。
「奴良君、ゴメン!」
 いきなり後ろ向きにダッシュしたゆらは、先ほど清継とリクオが『鳥』の話をしていた部屋へと戻ると、障子戸をバンと音を上げて開いた。
「えぇ!!花開院さんっ!」
 リクオは、さぁっと血の気が引く思いをした。いくら、かすかな妖気しか発していないとはいえ、あの鳥は妖怪だ。もし陰陽師に見つかりでもしたら、ただではすまない。
 先ほどはどういう訳か幸いにも、ゆらは毛倡妓に気づかなかったようだが、そんな幸運が何度も訪れるとは限らない。
 慌ててゆらの後を追い、どう誤魔化そうかと思考を巡らす。
「──あれ?──何もおらんようやね……」
 ゆらの声を聞き、部屋を覗き込んだリクオは、部屋に何も居ないことに気が付いた。
 床に敷かれた布団の上には、誰かが脱ぎ捨てた着物が一枚しわくちゃのまま置いてあるだけで、さっきまで居たはずの大きな綺麗な鳥の姿は無くなっていた。
 リクオは、きっとどこかに隠れてくれたんだと、胸をなで下ろした。
「へ?あー、じゃあ、おじいちゃんが連れてったんだよ、きっと。あはははー」
 居なくなってくれたことにほっとしながらリクオは、もう一度さっきの綺麗な鳥妖怪を見ておきたかったなと、少し残念に思ったのだった。




 台風のような同級生の訪問を終え、玄関で見送りしたリクオは深くため息を吐いた。
 そして人間達の気配が去ると、さっきまで色んな場所に気配を消し、隠れていた妖怪達が転がり出てくる。安心しきった様子で、ぐったりと床に突っ伏しているものもいた。
「……ふー、もうダメかと思いましたよ」
「リクオ様も、凄いご学友を持ったもんだ」
 皆、ゴメンねと手を合わせながら、リクオは妖怪達を一匹ずつ見て歩いて回る。いつもの顔ぶれが揃っているのを確認して、ゆらに見つからなかったのだと胸をなで下ろしていた。
「さっきは悪かったな、リクオ」
 後ろからいきなり声をかけられ、くるりと振り返ると、そこには背の高い青年が立っていた。
「……鴆、くん」
 リクオの、妖怪の方の幼なじみの鴆だった。彼とは小さい時によく遊んでもらっていたが、数日前、五年ぶりに再会したばかりだった。
 奴良組傘下である薬師一派の頭首、鴆にもの凄い剣幕で怒鳴られたのは、つい数日前のことだ。
 リクオは、祖父のまとめ上げたこの奴良組を継ぐ気がないと言い、彼を怒らせてしまったのだ。鴆は咳き込んだあげくに血を吐き、倒れてしまい、薬師一派の側近が迎えに来たのだった。
 その後、リクオは鴉天狗と共に鴆の屋敷を訪れた。鴆を興奮させて体調を崩させてしまったことと、自分が奴良組を継がないと言ったことを、鴆に分かってもらうためだった。
 ──が、実は自分にはその辺りの記憶が全く無い。
 鴆の屋敷へ向かうために、朧車に乗ったことは覚えている。だが、鴉天狗が説明してくれた夕べの出来事というのが、全く身に覚えが無く想像も出来ないものだった。
 リクオが屋敷へ着いた丁度その時、鴆一派ではその存在さえも危ぶまれる大事件が起きており、党首・鴆の命が狙われていた。そこをたまたま訪れたリクオが妖怪の姿に覚醒し、鴆を救い──奴良組の三代目を継ぐと言ったという。
 鴆との間にあった出来事を覚えていない自分が後ろめたく、何故、鴆が自分に「悪かったな」と謝って来たのかも分からず、リクオはつい及び腰になってしまった。
 無意識に視線を少し下にずらすと、鴆の着ている着物の模様が目に付いた。
 着ている服はこの屋敷の他の者と一緒で着流しだったが、その模様は緑色の布地が大きな羽模様で白く染め抜かれているものだった。
 それはさっき、リクオが奥の部屋で見かけた、緑色の綺麗な鳥がくるまっていた布の模様と同じだった。
 ──そうだ、あの着物の模様は、どこかで見たと思っていたら鴆君の着物だったんだ。じゃあ、あの鳥は……。
 色々と考えることが多く無言になってしまったリクオに、鴆は眉をしかめた。
「どうした?リクオ」
「え?ううん、何でもないよ……」
 明るく笑顔で返したリクオを、鴆は疑っている様子は無かった。
「人間が来るなんて知らなかったからよ、隠れるのが遅くなっちまって悪かったな。そういや、一人は陰陽師だったって?ヤバかったじゃねえか」
 『陰陽師』という言葉を強調する鴆に、傍らに居た小鬼がぺこぺこと恐縮したように頭を何度も下げた。
「すいません!みんな慌てて、すっかり奥座敷で休んでいた鴆様にお伝えするのを忘れていたようで……それにしても、陰陽師にバレず本当に良かった〜」
 鴆はそんな小鬼に気にするなというように手を横に振った。
「押しかけてんのはオレの方だからな。……って言うか、オレが危うく陰陽師に気づかれそうになったのは、リクオの所為だぜ」
「僕の?」 
「そうだぜ、何で陰陽師が来るって直接オレに教えに来なかったんだよ。……いや、お前さんが三代目を継ぐことになって、色々忙しいのは分かるぜ、けどな」
 ちょっと待って欲しいとリクオは思った。自分は、鴆が本家に居たことさえも知らなかった。なのに、知らせるとか知らせないとか言われても困るのだ。それに三代目を継ぐだなんて、自分には言った覚えもない。
「義兄弟だってぇのに、そっけ無さ過ぎるぜ、お前」
「義兄弟……」
 鴆の口から聞く内容は、リクオにとって覚えが無いことばかりだった。
 そして、その鴆の口調は不平不満だらけだったが表情は柔らかく、リクオに対してかなりの親しさを持ったものだった。
「ようやく起きあがれるようになったんだ。……もっと早くに挨拶に来ようと思ってたんだがな。どうにも体が動かねぇ、困ったもんだな」
 鴆は、自らの体調の悪さをわざと明るく言ってのけたが、体の具合は決して良いものでは無い。体調が悪い所為で、ここ何年も本家の総会に出席することも控えていた程だった。
 リクオは鴆の姿を頭からつま先まで、こっそり視線だけ動かして見た。着物から覗く手首や足首は細く、本家に居る武闘派の妖怪達と比べると、頼りなく思えた。
 三代目を継がないと言った自分に、ここまで笑顔を向けてくれるなんて、先日本家を訪れた時の鴆の様子からしたら、全く想像できない。
 やはり、鴉天狗が言ったように、妖怪の姿へと覚醒した自分が三代目を継ぐと言ったのか。だから鴆も、こんなにも嬉しそうなのだろうか。
 リクオは、申し訳なさと居たたまれ無さを感じて、冷や汗を流していた。
 おそらく鴆は勘違いをしているのだ。そう気づいたリクオはなるべく話題を三代目のことから逸らそうとした。
「えと、鴆君、どうして本家に……、体調、悪いんでしょ?」
 自分の屋敷で寝ていなければいけない筈なのにと、リクオは幼なじみの体を心配した。
「ん?──あのまま本家に世話になってたんだ」
「あのまま、って……」
 首を傾げるリクオに、鴆は苦笑した。
「おいおい、本気で忘れたのか?お前がオレを連れて来たんだろ?この本家に」
 自分が連れて来たと言われたが、リクオは覚えていない。鴉天狗も、そんなこと言っていなかった気がする。
「え?えっと」
「まさか、忘れたとは言わせねぇぜ!お前がオレを抱えて連れて来たんだろ?!」
 苛立ったような鴆の様子に、リクオも困ってしまった。
 覚えていないんだ──と答えたら、納得してくれるんだろうか。いや、この剣幕では何を言っても怒らせてしまうだけだろう。
 リクオがはっきりと答えずに逡巡していると、声を荒上げた鴆がぐっとリクオに近づいてきた。咄嗟に身構えたリクオの目の前で、鴆の動きがぴたりと止まった。
「リクオっ!てめえ!オレが……ぐっ……」
 紅い目を見開き、苦しげに顔を歪める。
「わ!鴆君っ、大丈夫?」
 鴆は慌てて手を口に当てて、背を丸めた。リクオはそんな鴆を咄嗟に支える。
「ゲホッ……」
「鴆君、大丈夫?」
 もしかして、また血を吐いたんじゃ……。リクオは少しでも咳が収まるようにと、うずくまった鴆の背をさすったが、それに気が付いた鴆にやんわりと手を払われた。
「……ああ……触るなよ、オレの血には毒が混じってるんだぜ」
 そう言った鴆の口もとには、紅い色がこびりついていて、僅かだったがまた血を吐いたことが分かった。
 鴆の羽には猛毒がある。全身にその毒が回った鴆の血そのものにも、やはり毒は含まれていた。鴆本人の意志によってその濃度を変化させることは出来たが、ふいに訪れた発作で吐いた血にどれだけの毒が含まれているか、鴆自身でも計れない時があった。更に、妖怪の血が流れているとはいえ人間の姿のリクオにどんな影響を与えるかも分からない。
 ぜいぜいと荒い息を吐く鴆は、床に膝を付いたまま呻いた。
「──ちくしょう!屋敷が燃えてなかったら、ウチの薬盛ってでも思い出させるのに!」
 物騒な物言いだったが奴良組きっての薬師である鴆ならば、たいがいのことは薬で可能になる。だが、リクオが気になったのはそれでは無かった。
「屋敷が焼けたって、それ本当?」
 そう言えば、鴉天狗がそんなことを言っていたことをリクオは思い出した。
 会えば、三代目を継げとか妖怪の姿になれとか、そんなことばかり言って煩かったので、ろくに話を覚えていなかったのだ。
 リクオを見上げ、鴆は掠れた声を振るわせた。  
「それも、覚えてないのか……本当に、オレとした約束も、覚えていないんだな……」
 鴆とリクオの目の前で、鴆の屋敷の大部分は焼失してしまった。残ったのは、一部の蔵と黒く焼けこげた木屑だけだ。
 そして、まだ煙のくすぶる焼け跡で、リクオは自分から鴆に酒の入った杯を差し出したのだった。鴆にとって、一番重要な時間だった。
「う、うん……あの、約束って?」
「オレと、義兄弟の杯を交わしたことも、忘れたのか?──蛇太夫を、斬ったことも、覚えていないんだな?」
 鴆は、質問を繰り返すたびに曖昧に笑うリクオの顔を、見ていたくなかった。 
「う、うん……ごめん」
 記憶の無い間に、自分は一体何をしていたんだろう。それは鴆がとても喜ぶことで……自分が望んでいないことだった。リクオは、人間として生きていくつもりなのだ。妖怪の姿に変化しただなんて、とんでもないことだった。
 今日ここで鴆と会って、リクオは今まで逃げ続け否定してきたことを、全て目の前に突き付けられたような気がしていた。
 自分の中の答えはもうずっと前から出ている。奴良組の跡目は継がない。だけども、その言葉を今ここで、こんな状態の鴆の目の前で言うことが憚られた。
 互いに割り切れない想いで膠着状態になったリクオと鴆に、後ろから声がかかる。
「お話し中、失礼します。鴆様──」
「……ああ、お前か」
 ぺこりと頭を下げた妖怪は、鴆一派の迎えの者だという。鴆の体調が戻ったという連絡を受けて、鴆の領地からやってきたのだ。
「鴆様、朧車の用意が出来ました。いつでも出発できますよ」
 だが鴆はすぐに返事はしなかった。迎えに来た妖怪の顔をちらりと見て、そしてリクオの顔と見比べて見ていた。
 何か言いたそうな表情だったが、鴆の望む答えを言えないであろうリクオは、そんな鴆を引き留めることなんて出来ない。
「じゃあ、気を付けて……」
「ああリクオ、世話になったな。──とりあえず、体調も元に戻ったしオレはシマに帰るぜ」
 そうは言いながらも、鴆は時折手を口もとに当て小さな咳を繰り返し、込み上げてくるものを耐えているようだった。
「元に戻ったって、そんなに咳き込んでいて」
「これがオレのいつもの体調だよ」
 そっけなく返事をする鴆に、リクオはどうしても確認したいことがあった。意を決して、声をかける。
「待って!さっきの鳥って、あの……」
 もしかして、奥座敷で休んでいたっていう鴆君だったの?そう訊ねようとしたが、鴆の冷ややかな視線に遮られた。
「──まだ、何か御用ですか。リクオ様」
 わざと他人行儀な呼び方をして、それ以上リクオが何か言うのを遮った。
 鴆はもう、自分から否定的な言葉を聞きたくないのだ。リクオは、それだけは察することができた。
 リクオはただ、もう一度あの綺麗な鳥を見たいのだと、そう言いたかったのだ。







【続く】
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まだもうちょっと続きますので、お付き合いください。
原作の1巻から3巻辺りの、(自分の)隙間を埋める作業をしています。
正直、リク鴆でも鴆リクでも、どっちでもいい感じです(笑)
2010.10.20