ACT.5

BY 月香

 子供が生まれた。
 1人は女−−氷女。この国の住人たる資格のある者。だが、先に生まれたのは−−男。忌み子。それも氷女にとって、必要の無い炎の妖気を持った者。
『忌み子』が生まれた、という話はすぐに国中に広まった。それを産んだのが、長の養い子だいうことも話に火を付けた。氷菜を知っている者は、なんとなく「やはり」という雰囲気で氷菜を見ていたが。
 生まれた子は炎の妖気に包まれており、呪布で包まなければ触ることもできなかった。
 その子を呪布で包んだのは、今にも息の絶えそうな氷菜本人だった。もう1人を体内に残しながら、生まれたまま放っておかれている息子に手を伸ばす。
 腕に火傷を負いながらも、その子の姿を見つめていた。黒い固めの髪の毛と、赤い鋭い目。熱い、炎の妖気。
 氷菜は微笑み、そっと抱きしめる。
 −−この子は、彼にそっくりだ。
 知らず、涙がこぼれ落ち、床に1粒転がった。
 そんな氷菜の有様を見ている他の氷女達は、何かおぞましいモノを見るような目付きをし、中には目を逸らす者もいた。
 泪の方へ腕を伸ばし、もう触れても大丈夫だと、氷菜は泪にその子を手渡した。
「氷菜………」
「ねぇ、泪……お願いが、あるの−−私、あなたにお願いしてばかりだけれども。……最後の、お願い−−」
 氷菜は、もう1人を産み落とそうとする苦しげな息の下、泪を見上げてそう言った。
「なあに?氷菜、何でも言ってちょうだい−−」
 泪は、氷菜がもうだめだと知っていた。−−黒い『死の影』が、今にも氷菜を呑み込もうとしているかのように見えていたのだ。
「この子を−−あなたの手で、外へ−−飛ばせてあげて」
「ひ……な−−」
「私は……、飛べないから−−。でも、この子は……あの人の、子だもの……この子は、飛べるのよ−−」
 氷菜が、ハヤテが地上へ帰って行った時のことを話しているのだと気付き、泪は震える氷菜の手を握りしめた。片方の腕にはしっかりと、男の赤子を抱いて。
「ええ、分かったわ。−−私がこの手で……」
 泪は、言葉を続けることができなかった。
 氷菜はにっこりと笑い−−それが、最後の微笑みとなった。
 その瞬間聞こえた、甲高い赤子の産声。
「−−女の子だわ。氷女−−私達の同胞よ!」
 誰かの嬉しそうな声と、ほっとした安堵のため息が交わされる中、
母−−氷菜は、微笑みながら息を絶えた。
 泪は取り上げられ、泣き声を上げる女の子をぼんやりと見つめながら、腕の中の忌み子を−−抱きしめていた。


 長は泪に『忌み子』は追放されるべきものだと言った。
『忌み子』は凶悪で狂暴。今までも多くの氷女の同胞が殺されてきたのだと。子供だからといって、侮るなと−−。
 泪にもそれは分かっている。今、腕の中にいる『忌み子』は氷菜の息子でなければ、もうこのまま投げ捨ててしまいたくなるような、
恐ろしい目付きで−−泪を見ていた。
 だが、この子は氷菜の息子だ。自分の最も大切な、幼なじみが命を捨ててまで産み落とした子だ。
 だから、捨てるのではない。
 飛ばしてあげるのだ。
 ハヤテがこの崖から、黒い衣をはためかせて飛び立ったように、私がこの子を飛ばしてあげる−−。
 しかし、何と言葉を言い繕っても、生まれたばかりの赤子を、この高みから投げ捨てることには違いは無い。
「……生きて、戻って来て……」
 ハヤテの代わりに。
「最初に私を殺してちょうだいね−−」
 私は氷菜の子の1人を地へ落とし、これからはもう1人の子を監視するように生きていくだろう。
 もし、言葉を理解できるのなら、罪深い私達を殺しに来て。
「それが……氷菜への、せめてもの償いになる……」
 泪は腕の中の赤子を包んだ布の間に、氷菜が先ほどこの子の為に残した氷泪石を、そっと忍ばせた。
 ただ1つの、この国と繋がるものになるだろう。
 泪は、赤子をすっと天に差し出すと、ゆっくりと手を放した。
 音も無く落ちて行き、雲の切れ間に消えた赤子を追うように、泪の瞳から零れた氷泪石が、幾つもその後を落ちていった。





 氷菜は国の外れ−−下界をのぞむ岩場の近くに葬られた。ここは普通、氷女は訪れることのない寂しい場所だったが、氷菜が最後にハヤテを見送った場所だった。
 泪は、氷菜の残した娘を腕に抱き、板に名を刻んだだけの氷菜の墓に語りかけていた。
「−−氷菜、安心して。あなたの息子には『死の影』は見えなかったわ。本当よ。−−きっと、どこかで生き延びていてくれるわ……」
 そうして私を、殺しに来てくれるはず。
「この子は……あなたにそっくりね。でも、瞳の色が違うわ−−まるで、あなたの好きな人のような、赤い瞳をしているの。やっぱりこの子は、あなたじゃないのね。例え、同じ血肉を受け継いでいても、分身なんかじゃないのよ……」
 自分で口に出してそう言うと、氷菜がいなくなってしまったことに耐えていた泪は、余計に悲しくなってしまった。
 涙が零れ、堪え切れず声に出してしまうと、腕の中の赤子が途端にむずがり始め、高い声で泣き出した。
「……ああ、ごめんね。私はもう泣かないから……お前も泣きやんで−−」
 泪は氷菜の娘の顔を覗き込みながら、ゆっくりと揺らし、泣きやむようあやしてやった。
 間もなく赤子は泣くのをやめ、泪の顔を見返して、笑った。
 泪は、はっとした。
 そういえば、氷菜は最後、息絶える時−−微笑んでいたわ。まるで、今のこの子のように、邪気の無い顔で−−。
「……嬉しかったのね−−氷菜……」
 また、胸に熱いものがこみ上げてきて、泪は泣きそうになったが、
それは何とか堪えることができた。
「この子は……私が育てるわ。あなたの代わりじゃない−−この子が自分で自分の生き方を見付けれるような、そんな子にしてあげたいわ−−。氷菜、この子を見守ってやってね……」
 いつか、泪が下界へ投げ捨てた兄とこの妹が、会える時がくれば良いと思った。
 例え、それがこの氷河の国の終わりの時だとしても。





                              1996年7月脱稿
back  『タイトルの「童話」は子供の為の…ではなく
子供達の話という意味です。
子供はもちろん、飛影と雪菜ですが、
氷菜とハヤテのことでもあります。
ハヤテが探しに行った密林の宝を
隠したのは、妖狐蔵馬のことです。
何かの形で飛影の誕生に
関わらせたかったんです。
蔵馬がいなければ飛影は生まれなかった!
と言うあたり、私の蔵馬への思い入れが
分かるというものでしょう?』
(「冷たい童話」後書きより抜粋)