一年を通してうららかな気候のルーキウス王国は、激しい天気の変化も少ない。おかげで、外の芝生で昼寝をしたりピクニックをするには、絶好の場所だった。 セレストは、とある観光マップに書いてあったそのことを思い出し、あながち嘘ではないなぁとしみじみと実感していた。 王国騎士団の一員であるセレストは、久しぶりの非番を心からありがたいと感じていた。 いや、自分の主人であるカナン王子のことは気になっていた。が、最近はとんでもないもめ事を起こすことも少なくなり、国内のダンジョンも閉鎖されて無茶な遊びをする場所も無くなり、大人しくなったカナンに少し安心していたのだ。 町のはずれに近い所にある大樹の下でセレストは、男の子モンスターハンターの白鳳とランチを楽しんでいた。当然、お弁当は白鳳のお手製である。 白鳳は、この国の国家転覆を企んだ要注意人物だったが、そもそも白鳳が犯人だと言うことを知っているのは、カナンとセレストだけだった。 カナンは、白鳳のことを全て許したわけではなかったが、ダンジョンが閉鎖された今、白鳳の獲物はもうこの国では捕らえることができない。これ以上悪さをすることは出来ないだろうと、罪を追求することを思いとどまったのだ。 それに、部下の気持ちを酌み取ってやるのも主君の努めだと思ったからだ。カナンは自分の従者が、その人物に対して並々ならぬ想いを持っていることを、薄々感じていたのだった。 そんな主君の気遣いに気づいているかどうなのか、セレストはと言えばこうして白鳳と一緒にお茶の時間を持てることに、ささやかな喜びを感じていた。 そして今日も白鳳に誘われるままに、木の下に腰を下ろして二人きり……いや、スイも交えてランチタイムを楽しんでいたのだった。 「セレスト、デザートに桃饅でもどうです?」 「……ええ、頂きます」 セレストは、にっこり笑って自分に桃饅を差し伸べてくれる、白鳳の笑顔に目を奪われていた。 こうして見ると、本当に白鳳さんは綺麗な顔をしている。最初は随分大人びた人だと思っていたが、話をしているうちに綺麗というよりは案外可愛らしい容貌だということに気づいた。 長いまつげで縁取られた切れ長の赤い瞳。白磁のような肌。さらりと流れる銀の髪。肩の所でばっさりと切りそろえられているが、おかげで白い項が目に毒だ──。 「……どうしたんです?セレスト」 「えっいえ、あのっ!」 白鳳に突然問いかけられ、セレストはうろたえた。まさか、その首筋の白さに見とれて不埒な妄想を巡らしていただなんて言えない。 「あの、髪の──」 「私の髪の、何なんですか?」 「髪が、短くて──いえ!伸ばさないのかなと、思いまして。きっと長くてもお似合いですよ」 勢いでそう答えてしまったセレストが、男が男に髪を伸ばさないかだなんてくだらないことを言ってしまったと後悔していると、それを見ていた白鳳がフフッと笑った。 「以前は、長かったんですよ。背中の下までありましてね」 風に揺れる銀糸の波はさぞかし美しかっただろうと、更にセレストは想像力を逞しくした。そして、あまり聞けない白鳳の昔話を、セレストは興味津々で尋ねた。 「……へえ、そうなんですか?オレも、見てみたかったですね」 「でも、弟がこんな姿になってしまった時──思う所がありまして、切ってしまったんです」 「そ、それは……」 セレストはハッと気が付いた。もしかして、スイ君の呪いを解くために髪を切って願掛けをしたのでは!? だとしたら、自分は酷いことを言ってしまったのではないだろうか?辛い思い出を、語らせてしまったのではないだろうか? 早く弟の呪いを解いて元の姿に戻さなければと誓い、長い銀の髪を惜しげもなく切り落とす白鳳の姿を思い描いて、セレストは申し訳なさと不甲斐なさで一杯になった。 食べかけの桃饅を右手に、鉄観音茶を左手に持ったまま固まってしまったセレストを、白鳳は不審に思う。もしかして、桃饅に変な物でも入っていたかと思ったが、傍らのスイは何事も無く饅頭を一つ平らげていた。 「どうかしたんですか?──変な顔してますよ」 セレストは、心配そうに見上げて来た白鳳の顔を見つめ、自己嫌悪に陥っていた。 オレは、何ということを白鳳さんに思い出させてしまったのか……! 「あ、あの……白鳳さん」 「はい?」 謝らなければ、とセレストが口を開きかけたその時だった。 セレストの背中にドンッと勢いを付けて、何かの重さがのし掛かって来たのだ。 「ぐっ……!」 何事かとセレストが慌てて振り向くと、誰かの肘が自分の肩をぐりぐりとエルボーしているのだ。とっさにそれを振り払い、がばっと立ち上がった。 背後に誰かが近づいていたのに気づかなかった自分に、騎士として失格だと情けなさを感じながらも、一体誰だとその姿を視界に捕らえた。 「……え?」 セレストの呆けた顔を、その人物がカラカラと笑い飛ばした。 「セレスト、何だこんなに肩が凝って。デートならば、もっとリラックスしたらどうだ」 「──カナン、様!?」 このオレとしたことが、一瞬誰なのか分からなかっただなんて。まだまだ修行が足りない……いや、オレの所為じゃない。そんな格好をしていらっしゃる、カナン様がお悪いのだ。 狼狽えているセレストとは対照的に、白鳳は冷静にお茶を口に運んでいる。 白鳳は、カナンが近づいて来ていることに気が付いていた。まさか、セレストが気づいていなかったとは思わなかった。 まだまだ、セレストには付け入る隙はあると、白鳳は心の中でほくそ笑んでいることを、セレストが知ることはない。 それにしても、今日のカナンの姿は白鳳の目にも、奇異な物として映っていた。 「カ、カナン様、どうなされたんですか、その頭は!」 セレストの指摘どおり、服装はいつものお忍びスタイルだったが、見事なその金髪が赤や青に染められ、ハチ少年以上につんつんと逆立っている。何故、倒れて来ないのかが不思議だった。 「どうだ、いいだろう?姉上の所に、ちょー美容師が来てたからな、僕も少しセットしてもらったのだ」 「ちょー美容師ですか?……あっカナン様、また勝手に城を抜け出されたんですね!?」 セレストはそのカナンの髪型と、いつものお忍び行為にあからさまに眉をひそめた。白鳳も顔には出さないがイマイチだと思っている。しかし、カナン本人はいたく気に入っているようだ。 「堅いことを言うな。カリスマ美容師の更にその上を行くという、伝説の称号『ちょー美容師』を持っている、流浪の美容師だぞ!」 カナンの言うとおり、近辺の国では平和が続いていることもあって、ファッションにこだわることが流行っていた。その中でも、ヘアメイク専門の達人に髪をセットしてもらうことが、ステイタスとなっていたのだ。 セレストは、リナリア姫がそんな話をしていたことを思い出した。なるほど、新しモノ好きのカナン様のことだ、自ら進んでそんな怪しげな形にしてもらったのだろう。 「ですが、そのお色と形は……」 その姿を毎日拝見しなければならないのか──とセレストが冷や汗を流していると、カナンは手首でスナップを利かせて違う違うと手を振った。 「ああ、これは水で洗えばすぐ落ちるんだ。流石にこれで国民の前に出ることはできないし、第一寝ることもできないからな」 「……って、今ここにいらっしゃるじゃないですか!」 少なくともこの町はずれに来るまでは、城からかなりの距離を歩いて来なければならない。その間に一体何人の国民の目に入ったかと思うと、セレストは頭が痛かった。 「大丈夫だ、誰も僕だなんて気づいてない」 「……一国の王子だなんて、誰も気づきませんよ」 白鳳の台詞は、こんな奇天烈な格好をした王子なんていないと言う意味だったのだが、カナンはそんなことどうでも良いらしい。いつもと違う髪型の所為か、テンションが高かった。 「そうだ白鳳、お前も『ちょー美容師』にカットでもしてもらったらどうだ?面白いぞ」 髪を切るのに面白いという理由はどうかと思うが、カナンにとってはそれ以上の理由は無かった。が、それを聞いたセレストは、カナンの奇行よりも白鳳の髪型の話の方にドキリとさせられたのだった。 「ええ、でも私はこの髪型が気に入っているので」 セレストは、さらりと話をかわす白鳳としつこく誘いをかけるカナンの二人を見比べながら、白鳳が気を悪くしなければ良いとハラハラしていた。 「なんだ、たまには髪型でも変えて、気分転換もいいぞ?」 「──気分転換ですか」 それを邪魔したのがカナンだと、思っていても口には出さなかった。一応、白鳳はカナンに見逃されているおかげで、この国の往来を歩けるのだから。 今のところ白鳳は今日のように、たまにセレストと会うことが出来れば満足だった。そうして、英気を養ってから自分の目的を果たす為に、再び旅に出ることになるのだろう。 旅立ちがいつになるのか自分でも決めていなかったが、それまでの時間はセレストと過ごせる貴重な時間だった。だから今日も、朝早くから気合いを入れてピクニックのお弁当を作って来たというのに。 乗り気でない白鳳に迫ることを止めたカナンは、その矛先を自らの従者に向けた。 「セレストは何か白鳳にリクエストは無いのか、ふわふわにしてくれとか、長い方が好きだとか……」 『長い』と聞いて、ついにセレストはカナンの前に立ちふさがった。それ以上、言わせてはいけない。 「カ、カナン様!無理強いは、いけませんよ」 無理強いと言われてカナンは思い直す。別に、カナンは白鳳の髪型を変えたいわけではないのだ。 はた迷惑なことに、ちょー美容師にセットされた、誰かの姿を見たいだけだった。 「そうか、つまらんな……そうだ、セレストお前──」 主君の視線を感じて首を振り、セレストはすかさず断りの声を鋭く発した。 「けっ結構ですっ!」 「むうー……おっ、あそこに居るのはサメライ屋の主人ではないか。おーい!」 カナンが走って行く先には、確かに武器屋の主人が歩いていた。セレストは、まさか主人の髪型を?と思ったが、奇妙な想像をしてしまいそうになって、考えることを止めた。 カナンを呼び止めようかとも思ったが、それで自分が『ちょー美容師』の所に連れていかれたら大変なことになる。それに、よもやサメライ屋の主人がカナンの言葉に惑わされることはないだろうと思ったのだ。 セレストは何とかカナンの注意を自分たちから逸らすことができて、ほっとしていた。 「相変わらず、騒々しいぼっちゃんですね。私とセレストの逢瀬を邪魔するなんて……」 そう呟いて、白鳳が赤い瞳で流し目を送る。 逢瀬、という言葉を聞いてセレストは狼狽えてしまった。いや、自分でもそうかな?とは思っていたけれど、それを白鳳の口から聞いたことで改めて実感させられたのだ。 「カっ、カナン様には、悪気はないんですよ。ただ、常識が欠けているだけで」 「フォローになってませんよ?」 クスクスと笑う白鳳の肩を、スイが登ったり降りたりと忙しなく動いている。スイの表情を伺うことはできないが、今の状態を受け入れて兄に頼ることしかできない彼は、さぞかし不安を感じているだろう。 「──すいません白鳳さん。長かったその髪をお切りになったのは、弟さんの為なんでしょう?それを、こんな……」 カナンが白鳳の髪型の話をしている時、セレストはその言葉が白鳳の胸を痛め続けていたのではないかと、申し訳なく思っていた。 「謝ることはありませんよ」 「いえ!オレも、白鳳さんの銀の髪があまりにお美しいので、長かったらさぞかし映えるだろうな、とか……昔の白鳳さんも見てみたかったなとか、あ、いえ、そんな不埒なことを考えてしまって──ああ、オレ何を言ってるんでしょうね。ともかく、白鳳さんの神聖な気持ちを汚すようなことを……」 「──?何を言ってるんですか」 最初は面白くて、長々と自分に対する懺悔を続けるセレストの話を聞いていたが、白鳳はだんだん話の方向がずれていっていることに気づいた。 髪が綺麗だと言ってくれたことは嬉しいと思う。やはり、旅先で目的を果たす手段として男達をたぶらかすためには、自分の容姿が一番の武器だと自覚しているので、それを維持するために髪の毛の手入れも欠かしたことはない。 だからなおさら『神聖な気持ち』と言われて、白鳳は首をかしげた。 「白鳳さんは、髪を切って、弟さんのために願掛けを、決心をなさったんでしょう?必ず、元に戻してあげるんだと──」 真っ直ぐに自分を見つめてくる、セレストの真摯な瞳を受け止めながら、なるほど、セレストの思い付きそうなことだと白鳳は笑った。 「──何を勘違いしたのかは分かりませんけど?私が、スイがこんな姿になった時、髪を切ったのは、こんな涙の物語があったのです……」 【第一話】 ある日、まだ髪の長かった私は、小さくなった弟を肩に乗せて次の目的地へ急いでいました。ふと、弟の重みが自分の肩から無くなったことに気づきました。 『スイ!どこに行ったんですか!?』 振り向いてもスイはおらず、私は慌てて来た道を戻ったのですが、どこにもスイの姿は無くて私は途方に暮れていました──。 『……スイ、どこへ行ったんです。まさか、私に愛想を尽かして……』 私はそのまま、路上に膝から崩れ落ちました。今までの旅の全てはスイの為にあったのに、その弟に去って行かれた私は、この先どうやって生きていったら良いのかと……。 確かに、弟優先じゃない時もありましたけど、スイを宿屋にほったらかしにして男をナンパしに行ったこともありましたけど、それでもやはり私にはスイが必要だったのです。 『これからは、夜遊びは控えるから、だからスイ、帰って来てください……!』 ──すると、どこかからか声が聞こえたのです。 『……きゅ、きゅるりー』 『スイ!』 それは確かにスイのものでした。しかし声はすれども姿は見えず。私が後ろを振り向くと声は後ろから聞こえ、また声の方を振り向くと、そこにはスイの姿は無いのです。 ああ、私の弟は透明スイになってしまったんだと、私は嘆き悲しみました……。 『きゅるりー』 そして、私は気付きました。声は私の後ろから、正確には背中からしているということに。 自分の頭を引っ張る誰かが居るということに。 何とスイは、私の長い髪にからまって身動きが取れないまま、ずっと私のすぐ後ろに居たのです! それから心を(少し)入れ替えた私は、スイの為に夜遊びを(少し)控えるようになったのでした。 【終わり】 「……はあ?」 「更に、こんなこともあったんです──」 【第2話】 ある夜、私はスイと二人で宿を取りました。二人、と言ってもスイはこんな姿でしたから、実際宿に泊まったのは私だけということになりますが。 ああセレスト、大丈夫ですよ、男なんて連れ込んでませんから。当たり前じゃないですか、貴方がいるのに──。 おっと、髪を切った理由でしたね。 二人で床につき、夜も更けた頃──どこかからか、今まで聞いたことの無い鳴き声が聞こえてくるじゃありませんか。それはどこか苦しげでいて、可憐な響きも持ち合わせていました。 『はっ、まさか、新種の男の子モンスター!?』 私は慌てて飛び起きました。 するとその声は、私の髪に絡まって身動きが取れずにじたばたしている、スイの助けを呼ぶ声だったのです。 【終わり】 「……は、白鳳さん?」 【第3話】 ある日私は…… 「すいません。白鳳さんもういいです……」 セレストは、更に続くであろう白鳳の昔話を遮った。確かに、白鳳の過去は知りたかったが、髪を切った理由はもう良く分かった。それが、どこまで本当なのかは分からないけれど。 「まあまあセレスト、これからが面白い話になるんですよ?」 白鳳の肩で、スイがそれに応えるように「きゅるりー」と鳴いた。 《ende》 |
王レベ1の公式カップリングの中で 最もマイナーなセレ×白です。 他の作品はシリアスですが、 これはバリバリのギャグを目指しました! |