Not Your God
「工藤、花見行こうや」 「いやだ。酔っぱらいがいるし、夜はまだ寒いし、毛虫出るし、不衛生だしそれから……」 「なんや、つまらんなぁ」 オレが花見が嫌いになったのは数年前、オレがまだコナンだった時だ。 事件の依頼を受けた毛利小五郎と一緒に京都へやって来たオレは、服部と偶然出会い、成り行きで服部と京都を調べることになった。 その時、桜並木の下を歩いている時に、服部がしみじみと言ったのだ。 『桜を見ると、初恋の人を思い出す』−−と。 そりゃあオレだって、服部の美しい初恋の思い出を否定したい訳じゃない。問題はその続きで、服部はその時も初恋の少女が忘れられず、京都に来る度に探しているのだと言った。 そして、その少女は見つかったのだ。 服部ははっきりとそうは言わなかったが、服部と幼なじみの少女・和葉の二人の話を合わせてみればすぐに分かる。 服部の初恋の少女は、遠山和葉だったのだ。 これが、まったく知らない相手であれば、オレだって放っておいた。 気にもしなかっただろう。 だけれど、その相手が幼なじみの少女だということがオレは気に入らないのだ。会おうと思えばいつでも会える、家族同然の親しい少女。 服部はかなり思いこみが激しいから、それに運命を感じて盛り上がってしまうかもしれない。 今は服部は、オレの恋人として一緒に生活しているが、ふとしたはずみであの頃の気持ちを思い出し、和葉への想いを募らせるかもしれない。 そう思うと、オレは嫉妬心で平静でいられないのだ。 だから、桜は嫌いだ。 春も嫌いだ。 服部が、桜を見る顔が気に入らなかった。 大学の新入生歓迎会だとかで花見に行ってくると服部が言う度、オレは散々文句を言った。オレを置いて行くのか。あんな馬鹿馬鹿しくて騒がしい、不衛生な場所で飲み食いするために、オレを置いて行くのかと。 服部はつき合いだからしょうがないと言い、出かけて行くのだ。 オレの桜嫌いは、服部と一緒にこの家で暮らすようになってから更に拍車がかかり、オレは家のある方角に大きなモミの木を植えた。 服部には、冬になったらこれにクリスマスのライトを飾り付けるんだと説明したが、本当は斜め向かいの家の大きな桜の木が、リビングからまる見えだったからだ。 春が来る度に、毎日ここから桜を眺めなければいけないのかと思うと、オレは我慢出来なかった。 幸い桜の季節は短くて、あっという間に花は散り、辺りはすっかり初夏の色を見せるようになっていた。 けれどもまた来年、桜の季節はやってくる。再来年も、その次の年も。オレを苛立たせる季節が。 桜には狂気が宿ると言うが、オレもその気に当てられた一人なのかもしれない。 そして、かつては服部もその狂気を受けたのだ。でなければ、幼なじみの少女を見知らぬ年上の美少女と見間違う筈がない。それもきっと、気の迷いだったんだ。 世間はすっかり葉桜になり、ピンク色に代わって緑が目立つようになってきた。そしてやっと、オレは安心して外を歩くことができるようになったのだ。 服部は、春になるといつにも増して出不精になるオレを心配してくれたが、その原因なんて言えるわけがない。だからオレは服部の誘いに、久々に応じることにしたのだ。 「工藤、ちょおドライブに行かへん?」 「あ?こんな時間にかよ。−−いいけど、どこだよ」 「秘密や」 服部は嬉しそうに笑っている。きっと何か企んでいるのだ、この顔はそんな表情だ。けれどもオレも暇だったし、たまには付き合ってやってもいいかなと思ったのだ。 「……ここ、どこだよ」 「オレも地名は知らんよ。けど、ええやろ。穴場なんやて、ここ」 服部がオレを夜中に連れ出したのは、車で二時間近く走った山の上だった。そこには大きな桜の木が、林の中にひっそりと咲いていた。 どういう理由でここに連れてきたんだ、コイツは。オレが、桜は好きじゃないと言っていたのをいつも聞いていた筈なのに。 「人気ないし、ええやろ?オレ、工藤と花見がしたかったんや」 「オレが、嫌だって言ってたのにか」 「せやから、他に人がおらん所探したんや。ほれ、寒うないように上着も持ってきたし、ささやかやけど弁当もあるで?オレは車あるからウーロンやけど、工藤にはビールな。シートもサラッピンのキレイなモンやで」 準備の良い服部は、後ろの座席に色々と積んでいたらしい。弁当にいたっては、見覚えのある重箱だった。ということは、わざわざ服部が自分で作ったのか。 「何、考えてんだよ」 オレが思いっきり不機嫌な声を出して、初めて服部はまずいことをしてしまった、という顔をした。俯き加減でオレを伺い見ている。 「……やっぱ、アカン?」 コイツは、オレが花見が−−桜が好きじゃないと言ったことを、本当にただの好き嫌いだと思っていたのだろうか。 オレが、桜が気に入らない本当の訳は−−。 「……オレが、初恋の人んこと思い出すのが、嫌なんやろ?」 「なっ」 なんで分かったんだ?いや、分かって当然か。コイツも探偵だったんだ。 「そんくらい分かるで。前に言うてたもんな。お前、好きなもんでもケチが付くと、逆に嫌いになってまうって」 見透かされていたことは癪に障ったが、それなら話は早い。オレは、その所為で桜が嫌いになったんだ。 「けどなオレ、お月さんのこと嫌いにならへんかったよ?……工藤と蘭ちゃんの思い出なんやろ?」 服部が言っているのは、服部の初恋の話を聞いた時、オレも月を見ながら話した蘭との出来事のことだ。 何年も前、蘭との約束を忘れて何時間も待たせてしまい、慌てて待ち合わせ場所へ向かったオレは、月の下で待つ蘭の笑顔がとても綺麗だと思ったのだ。 けれども、それは……。 「アレは、ただの思い出だよ。けどさ、お前のは……」 「同じや。−−工藤、オレが初恋や無いやろ?」 そう聞かれればその通りだった。オレは服部と出会う前は、蘭が好きだった。彼女が多分オレの初恋だったんだと思う。 「オレのもそうや。……もう、アレは『ええ思い出』なんや。工藤は気にせんでええんやで?」 「オレがいつ気にしたよ」 オレはついムキになって否定した。本当はすごく気にしていたのだけれども。 「……な、工藤?」 「なんだよ」 オレが振り向くと、服部が不意打ちを仕掛けてきた。オレの唇に、服部の柔らかな感触が降ってくる。 「オレ、お月さんは好きやで?ほれ、見てみい」 見上げると、満月にはまだ足りない月が桜を照らしていた。さっきまでは雲に隠れていたらしい。 「白うて、キレイで、まるで工藤みたいやんか」 そんな恥ずかしいことをさらりと言われ、オレは照れ隠しに冗談を言ってみる。 「……それで、高い所から見下ろしてるってのか?」 「なんや、分かってるやん」 「コイツ!」 「はは、堪忍や」 オレは笑う服部の肩を捕まえるとシートの上に押し倒した。そして、さっきの仕返しをする。オレが顔を寄せると、服部はゆっくり目を閉じた。その唇をふさぎ、深く口づけると服部がそれに応えてくれた。 けれどオレが服部の上着の間に手を滑り込ませると、服部は慌ててオレを押し返してきた。 「ちょお待てやっ、工藤。ここでヤルつもりなんか?」 「……いいだろ」 耳元で囁いてやると、服部の体がびくりと震えたのが分かった。 「良うないわっ!外やし、寒いし、毛虫出るし、不衛生やし……」 「塗り替えれば、いいんだよ」 「何言うてんの?」 「お前が桜を見て思い出す奴が、初恋の女じゃなきゃいんだ。オレならいいんだよ。……ここで、お前は桜を見ながらオレに抱かれるんだ。そしたら、次に桜を見る時はオレのこと思い出すだろ?」 きっとオレも桜を見る度思い出すのは、服部の初恋の彼女ではなくて、今日の思い出になるだろう。 服部の顔が赤くなったのが、月明かりの所為でよく見えた。オレは服部に見えないように後ろへ手を伸ばし、ある物を取った。 「何、アホなこと言うてんねん!」 「ここ、人来ないんだろ?丁度いいじゃんか」 その体を抱き寄せて、耳元で更に囁く。 「いやじゃ、家に帰られへんようになるわ!……っ」 わめき立てる服部の口を、オレはすかさず塞ぎにかかった。ついでにその喉の奥に、先程自分の口に含んだ液体を注ぎ込む。 「……っ、げほっ。工藤、何飲ませた?」 むせる服部の口の端から零れた琥珀色の液体を、オレは舌で舐め取ってやった。 「分かんなかったか?ビールだよ」 さっき服部がオレに渡してくれたものだ。オレも服部の目の前で、ごくりとビールを飲み干した。 「これで、お前飲酒運転になっちまうな。オレも運転出来ねーし。諦めて、ここで野宿して帰ろうぜ」 「お前っなんちゅーことしよんねん!」 ビール一口だけとはいえ、警察官を親に持つ服部は気にする筈だ。 更に服部が何か喚いているが、オレはもう気にしなかった。オレの下でもがく体を、逃さないよう強く抱きしめる。 シートの上に押し倒した時に付いたのだろう。その短い髪に、桜の花びらが数枚絡みついている。 「……お前は、桜みたいな奴だな……」 オレが小さく呟いた声は、服部に聞こえていたかどうか分からない。 桜は狂気を誘う花だけれど、それと同時に神へ捧げて邪気を払う花だ。だからこそ浄化を求めて、狂気がその周りに集うのだろうか。 そして、オレの狂気を払ってくれるのは、この世に服部しかいないのだ。 《ende》 |
2003年春のペーパーの裏に オマケで載せたものです。 映画ネタです!映画サイコー♪ 制作日数、二晩(笑)勢いですな。 |