ストーカー
「ねえ、新一。今度の映画のことなんだけど……」 「ん−−」 「見たいのがあるんだけどね」 「うん−−」 「ちょっと、新一、聞いてるの!」 「え?あ、何だっけ?」 「……もう、最近ずっとそうじゃない?ねえ、何か気になることでもあるの?」 「いや、別に」 「そう?なら良いんだけど……」 生返事を繰り返すオレを、蘭はまだ不審な目で見ていた。 最近、オレはイライラしている。 変な電話が、携帯や家に何度もかかってくるのだ。 オレは探偵なんてやってるせいで、逆恨みなんてしょっちゅうだったし、親はあれでも有名な小説家と元女優だったので、勘違いなファンから変な電話が来ることは良くあった。だからオレは、身に覚えのない電話番号の相手には出ないことにしているのだ。 携帯電話ってのは着信が残るから便利だ。 新手のストーカーだろうかと首を捻ったが、電話以外ではそんな変なこともなかったので、しばらく放っておいた。 最近のイライラの、その原因がストーカーだけでは無いことは分かっている。毎日かかさず牛乳を飲んでいるので、カルシウム不足では無いはずだ。 だが、考えたくなかった。 自分が不機嫌なその理由に思い至った時は、自己嫌悪に陥ったものだったが、今ではやっぱりそうなのだと思わざるを得ない。 服部から、電話が来なくなった。 今までは、1日と空けず頻繁に電話がかかってきたのに。 うるさいと思っていたが、オレはアイツとする推理小説の話や事件の話が好きだった。だから服部と話をするのが好きなんだと思っていたのだが、他愛のないくだらない話も服部としていると、何故か楽しい。アイツがお笑いたっぷりの大阪人だからだろうか? なのに、最近ぱったりと電話が来なくなったのだ。 そう言えば電話が来なくなる前に、剣道の試合が近いからあんまり電話できなくなるかもしれない、なんて言っていたのを思い出した。オレはその話を聞いたとき、服部のくだらない長電話に付き合わなくていいのだと、少し安心したのだった。 けれども、それから2週間以上過ぎた。そろそろアイツの方も落ち着いた頃だろうに、なのに、服部は電話をよこさないのだ。 服部からの電話がないだけで、こんなにも苛つく自分が不思議だった。 いつの間に、アイツの存在が側にあることが、オレにとっての当たり前になっていたんだろう。 そんな物思いにふけっていると、オレの携帯が着信を伝えてきた。そしてやはり、見知らぬ番号だった。 オレは当然のように無視をしたが、こう頻繁では平穏な生活が妨害されてしまう。安心して本も読めないし、事件の捜査中に鳴ったりしたら、オレの集中の妨げになる。(そんなことで、オレの推理が鈍ることは無いが) オレは、手にした携帯のメモリから、高木刑事の番号を呼び出した。 その翌日、学校から戻って来たオレの家の前に人影があった。それも、家の門の中。本当に玄関のすぐ前に座り込んでいるようだ。 庭とはいえ、立派なウチの敷地だ。不法侵入で訴えてやろうかと思い、物陰からこっそりとそいつの姿を伺う。 と、見覚えのある帽子のロゴに、見覚えのあるジャケット。 「−−あ、工藤!」 オレの姿を見つけて立ち上がったのは、大阪にいるはずの服部平次だった。 オレが会いたくてしょうがなかった服部の、声が聞こえる。 「良かったで、やっと工藤の声聞けた。工藤、あんなぁオレ、携帯の番号変えたんや。番号は、090のー……」 そう言って服部が告げた番号は、最近頻繁にかかってきていたものだった。 −−なんだ、服部の番号だったのか。 オレは気が抜けて、全身の力が抜けてその場にしゃがみこんでしまった。いままでストーカーもどきだと思っていた電話番号が、服部だったなんて。 じゃあなんで、いきなり番号を変えたのかと思えば、理由を聞けばなんでもないことだった。ありえないと思いつつも、もしかして服部はオレのことなんてどうでも良くなってしまったのだろうか、などと考えたりしたのに。 「オレなぁこの間、ちょっと事件がらみで、自分の携帯番号を使こうてしもてな、都合悪くなったらヤバイ思うて、番号変えたんや」 「……なんだよ、早くそう言えよ」 あの電話が服部のものだとは全く考えつかず、ずっと、無視してしまったではないか。 「せやって、オレ何度も電話したんやで?工藤、出ぇへんやったやんかー」 拗ねるように責めてくる服部の表情を微笑ましく思いながら、オレは笑って誤魔化す。 「あー悪ぃな、知らない番号だったから、ずっと無視しちまった。−−なんだよ、だったら最初から家の電話でかけてくれば良かっただろ?そしたらお前ん家だって気がついたのに」 逆に、説明の足りなかった服部を責めてやった。すると服部は首をすくめて、苦笑いした。 「何度かかけたんやけど、工藤、出えへんかったで?それに、家から長距離あんましかけると、オカンに怒られるんやもん」 服部らしい理由にオレは笑ってしまった。 「あーそういや、番号非通知の電話が家の方にかかってきたっけ?」 「非通知やった?……あー、ウチの電話、そう設定してたかもな」 色々あるから、と言って頭をかきながら笑う服部の家は、そういえば警察関係だった。それなりの対処はしているということか。 服部は、「せやけどなぁ」と言ってオレに恨みがましい目を向けた。 「工藤かて、1回くらいオレに電話してくれたら良かったやん。そしたら、番号使われてへんの分かって、見知らぬ番号がオレんやって気ぃついたんやない?」 「ああ、そうかもな」 そういえば、オレは自分からコイツに電話をかけたことはほとんどない。少し前までは、服部からの電話を煩わしいと思う位頻繁にかかってきていたから、自分からかけようと思わなかったのだ。 「くどおー、つれないでー」 「ははは、悪かったな」 全然悪いと思わずに、オレは口だけで服部に謝る。 半分泣きそうな声を出す服部が、オレは楽しくてしょうがなかった。 多分これからも、オレから電話をすることはほとんど無いだろう。けれど、服部の方から、オレがイヤになるくらいかけてきてくれるんだろうと、根拠の無い確信と期待があったのだ。 後日、大阪府警本部長の御子息の携帯番号を、電話会社を通じて逆に調べようとしたある刑事が、上司から大目玉を喰らうであろうことは、今の工藤新一の頭にはなかった。 《ende》 |
2002年冬のコミケに受かったので 勢いで載せてみました。 本当は、2002年夏の本の 元ネタでした。 |