西と東の彼方
「あのさぁ、服部。前から言おうと思ってたんだけどさ」 「何や?」 「お前って、飯作るの上手いよな」 「そら、おおきに♪」 「けどさ−−」 昨日も言おうと思ってたんだけどさ……と、新一は小さな声でためらいがちに話す。 「炭水化物と炭水化物の組み合わせってのは、おかしくねぇ?」 平次の表情を伺いながら、ずっと言いたかったことをやっとで口にした。 今、食卓には白いご飯と薄味のみそ汁と青菜のおひたし、そして焼きそばが並べられていた。どう見ても、『焼きそば』が主菜だ。 東京の大学に進学した平次は、当然のように恋人の新一の家に居候することになった。 それ以来、食事は順番を決めて交互に作っていたのだが、最近は事件で帰りの遅い新一に代わって、平次が夕飯を作ることが多かった。 ちなみに『お好み焼き定食』は、昨日の夕食のメニューだった。 「大阪ではこれが普通やで?」 平次は、新一が何を気に入らないのか理解できないといった顔をした。 この焼きそばの濃いソースが飯に合うんや−−とニコニコと笑い、ぱくりと食いついている。 「そのうち、たこ焼き定食とか、言い出すんじゃねーの?」 皮肉も交えてそう言ったのだが、平次はあっさり言い返す。 「アホぉ、たこ焼きは、オヤツや」 なるほど、じゃあこの食卓には『たこ焼き定食』は上らないんだな。良かった−−じゃない! つい心の中で一人ノリツッコミをしてしまい、一瞬自己嫌悪に陥る。平次と暮らすようになってから、新一は色々と平次の影響を受けている自分に気づいていた。 野球なんて興味が無かったはずなのに、今では平次と一緒になってTVで阪神を応援しているし、お笑い番組も見るようになった。 最初は、TVを見て一喜一憂している、平次の横顔を眺めるのが密かな楽しみだったのだが、そのうち番組そのものも面白いと思うようになったのだ。 が、いつまで経っても慣れないことはある。その一つが、この炭水化物同士の組み合わせだった。 小麦粉で出来たお好み焼きには肉も入るし、卵も野菜も入っているから、栄養学的にはそれ程問題は無いはずだ。なのに、何故、ご飯も付けなければならないのか? 新一は自分の箸の先から垂れ下がった焼きそばの長い麺を見つめて、とうとう我慢しきれずに叫んだ。 「焼きそば定食なんて、人間の食いもんじゃねーよ!この、びろーんと長い焼きそばを、おかずにしろって言うのか?」 幸か不幸か、平次は料理が上手かった。おかげで焼きそばの麺が調理途中で短く切れることもなく、長いまま食卓に上っていたのだ。 しかし新一にしても、だからと言って平次の作った夕飯を食べないという訳ではない。ただ、一度訴えておきたかっただけなのだ。 だから、言いたいことを一通り口にして発散すると、はぁとため息をついて肩から力を抜いた。平次には悪気は無い。それは分かっている。事件の所為で帰りの遅い自分の代わりに、分担するはずだった家事を引き受けてもらっているのだ。 やっぱり少し言い過ぎたかな−−と新一が顔を上げると、平次は食べかけだというのに箸を置き、自分の方をじっと見つめていた。泣きそうな、目で。 「……おい」 悪かったよ、言い過ぎた。と新一が言う前に、平次はバンッ!とテーブルに手を付き、勢い良く立ち上がり、叫んだ。 「やっぱ、工藤はオレより蘭姉ちゃんの方がエエんや!!」 突然、脈略も無いまま幼なじみの名前を出され、新一は平次が未だに自分と蘭の関係を疑っているのかと、呆れてしまった。 「何言ってんだよ、今の話と関係ないだろうが」 「関係あるわっ!この間、蘭ちゃんと二人で駅前の中華屋で『ラーメン・チャーハンセット』食うてたやろ!」 真っ赤になって指摘する、平次の言葉に新一は、ハッとした。 そう言えば先週、蘭に荷物持ちとして買い物を付き合わされた時、帰りに寄ったのだ。確か窓際の席に座ったはずだから、それを見ていたのか……。 「−−確かに食ったけどさ、あれは……」 平次はもう新一の言うことを聞いてはいない。 「あれかてメシと麺やろがっ!工藤の浮気モン!オレも浮気したるー!」 広い工藤邸に平次の叫びが鳴り響いた。 「ちょっと待て!−−だってさ、だってチャーハンは白飯じゃないだろう!?」 ラーメンとチャーハンはオッケーだ。うどんとかやくご飯の組み合わせも構わない。そばと天丼のセットでもいいだろう。けれど、ただの白いご飯に、お好み焼きや焼きそばはどうだろう……。 オレが言いたいのは、そこなんだ!と新一が平次に訴える前に、平次は走り去るドタドタという足音だけを残して、工藤邸から消えて行ったのだった。 「……大体のいきさつは分かったけれど、それで、どうして私の所に来るのかしら?」 ここは、工藤邸のすぐ隣、走って15秒の阿笠博士の家だ。 ソファに腰を下ろして項垂れている平次の前で、哀がコーヒーカップを口に運んだ。ちなみに平次の前にはカップは無い。自分で煎れて、と言われたからだ。 「えっとぉ……」 ここに来た理由は、と聞かれて平次は口ごもった。 チラチラと自分に視線を寄こす平次を、哀は興味深そうに眺め返した。 「江戸川君の時も不思議だったけど、……ロリコンなの?」 確か、自分が初めて工藤新一と西の高校生探偵が、恋人同士のお付き合いしていると聞いたのは、まだ彼が小学生の姿だった時だ。 その時は、小学生(それも男)と男子高校生の組み合わせに驚きを隠せず、それと同時に興味も覚えたのだった。なるほど、服部平次がロリコン−−いわゆる幼児嗜好なのだとしたら、話は簡単だ。彼は、小さい者が好きなのだ。 「ちゃっちゃうで!オレ、ロリコンやないでっ!それに灰原姉ちゃんは、ちっこくても中身は大人やし、頼れるし、格好エエし……大きさなんて関係あらへんで!?」 必死で『ロリコン疑惑』を否定しようとする平次の姿は、今度は『浮気相手に哀を選んだ訳』を説明しているように見えた。 「なるほどね、貴方、私と浮気しに来たの」 哀は目を細めて笑う。 「えっ?!いや、その、他に行く所無くて−−」 ぶんぶんと首を振って慌てて否定する。浮気だなんて、自分には絶対出来ない。相手が誰でもだ。 平次がここに来た理由は、近かったし、哀ならば自分の話を聞いてくれると思ったからだ。それに、ここに居ればきっと新一が迎えに来てくれると思ったから……。とは、恥ずかしくて言えないけれど。 顔を真っ赤にして俯いてしまった平次を見て、哀はフフフと笑った。 「−−いいわ、付き合ってあげる」 意味深な台詞に、平次はがばっと顔を上げた。目の前には、哀の余裕たっぷりの微笑みがあった。 「……えっ?!」 「ちょっと待ったー!!」 その言葉の意味に気付き、びっくりして平次が叫んだのと、扉が勢い良く開いて、そこから新一が飛び込んで来たのは、ほぼ同時だった。 「工藤っ!」 やっぱり来てくれたんや。と平次は喜びで胸を一杯にしたが、そのタイミングの良さには疑いを抱いていないようだ。 哀は、このタイミングで新一が登場する為には、どう考えても扉の向こうで自分達の話を立ち聞きしていたに違いないと思った。 今まで気が付かなかったのは、気配を消して張り込んでいたのだろう。こんな所で探偵のスキルを使わなくても良いのに、と失笑する。 「服部は渡さないぜ!」 自分の行動がバレバレだというのに、新一は平次を守るナイト気取りで哀の前に立ちはだかった。 「あら、何のこと?私は、服部君に『焼きそば定食に、付き合ってあげてもいいわよ』って言ったのよ」 その哀の言葉を聞いて、変に勘ぐってしまった平次は自分の想像を反省した。が、新一は更に苦悩の表情を深めたのだった。 「焼きそば……」 貴方に出来るかしら?とでも言いそうな哀の挑戦的な瞳に一瞬怯んだ新一は、それでもぐっと拳を握りしめ、意を決する。 「うっ……オレだって『焼きそば定食』も『お好み焼き定食』も食ってやるぜ!白いご飯も、お代わりするぞ!」 「工藤っ!無理せんでもエエで」 平次は新一が、ご飯とお好み焼きの組み合わせをあまり好いていないのでは無いかと、薄々感じていた。けれども、もっと自分のことを知って欲しくて、わざと作り続けていたのだ。 なのに、蘭と一緒に『ラーメン・チャーハンセット』を楽しそうに食べるのに、自分とは食べられないのかと、嫉妬心を抑え切れなかった。新一には、そんな浮ついた気持ちなんて無いと分かっていたのに。 申し訳無さで一杯になっていると、新一はこれ以上は無いという程の優しい笑顔で平次を安心させようとする。 「無理じゃねーよ。−−お前の作る飯は旨いからさ」 「ホンマ?」 「ホンマ。だから帰ろうぜ?お前が居ないと、飯が味気ないんだ」 わざと平次の口まねをして、新一が笑った。 そう言えば、夕飯を食べかけのまま飛び出して来てしまったのだ。もうすっかり冷めてしまっただろう。 冷たい焼きそばなんて最低だと平次ががっくりしていると、その不安そうな表情を見て取った新一が、冷めても旨いから大丈夫だよと囁いて、平次の肩を引き寄せた。 何も言わないのに自分の気持ちを察してくれた新一に、平次は自分の心が温かくなったのを感じたのだった。 「うん、帰る。……スマンな姉ちゃん」 ようやく話の付いた二人に、哀は呆れ半分で呟いた。 「ご馳走様−−」 ゆっくり歩いても2分足らずの距離を、新一と平次は手を繋いで帰った。 「工藤、今度は白飯じゃなくて、かやくご飯にしたるからなー」 と言うことは、『お好み焼き』と『かやくご飯』なのか……? 新一は夜空を仰ぎながら、やっぱり炭水化物攻めはキツイと思った。 自分に向かって笑顔を満開にしている平次に応えながら、せめて自分の当番の時はさっさと事件を解決して、夕飯は自分で作ろうと心に決めたのだった。 ende. |
3000番をゲットされた、 くろすけ様のリクエストSSです。 超ラブラブでバカップルな新×平に哀ちゃんも出てくる話 になっていたでしょうか? 関西方面の方々には、 勘違い満載で申し訳ありません;; 所詮、私は東北の人間なのです。 ちなみに工藤新一が 『ラーメンライス』の存在を知っているかは謎。 |
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